千倍王鷹虎蝗合成獣

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『キバ』&『ビルド』最終話感想

仮面ライダーキバ』と、

[2009年01月18日]第48話「フィナーレ・キバを継ぐ者」
(脚本:井上敏樹、監督:石田秀範)

【前回】『キバ』第46・47話感想 - 千倍王鷹虎蝗合成獣

仮面ライダービルド』の感想です。以下、ネタバレ注意。

[2018年08月26日]第49話「ビルドが創る明日」
(脚本:武藤将吾、監督:柴崎貴行)

【前回】『ビルド』第46・47話感想 - 千倍王鷹虎蝗合成獣

■<断絶> ~テレビ放送のない空白期間~

 以下は、2011年(『フォーゼ』の年)に発売された、報知新聞での白倉伸一郎のインタビューである。

 今でこそ国民的ヒーローとして存在を確立している仮面ライダーだが、1989年に「BLACK RX」が終了し、2000年1月に「クウガ」が平成ライダー第1弾として始まるまで、テレビ放送のない空白期間があった。「栄光の歴史がある、みたいに語られますが、僕の実感としては、ブームはV3で終わっていた。その後は紆余(うよ)曲折を繰り返すけど、往年の輝きやシリーズとして続いていくパワーは失われていった。毎回『原点回帰』って言葉が出てくるんだけど、原点なんて人によってバラバラだし、『誰が見ても仮面ライダー』みたいな作品を作っても、何の変哲もないつまらない物にしかならない
白倉伸一郎『スポーツ報知 仮面ライダー40周年特別号』より)

 2014年(『鎧武』の年)には『平成ライダー昭和ライダー 仮面ライダー大戦 feat.スーパー戦隊』なる映画が公開されたが、

 「平成ライダー」や「昭和ライダー」という“使い分けがなされてしまう”のは、昭和と平成の間に<断絶>、テレビ放送のない空白期間があったという何よりの証左である。

 では、例えば、1971年に始まった初代『仮面ライダー』から続いたシリーズは、何故1975年の『ストロンガー』で一旦、終わることになってしまったのか?

 例えば、1979年に復活した『仮面ライダー(新)』と、それに続く『スーパー1』は、何故それ以降(シリーズ)を生み出せなかったのか?

 その理由を、かつて井上敏樹が、「とある脚本家」に焦点を当てて語ったことがある。

 とある脚本家の名前は伊上勝(いがみまさる)。本名は井上正喜(いのうえまさき)。

 そう、井上敏樹の父親である。

■昭和ライター、伊上勝

 伊上勝は特撮テレビ番組、水木しげる原作の『悪魔くん』(1962年)や、横山光輝原作の『仮面の忍者赤影』&『ジャイアントロボ』(1967年)、そして石森章太郎(当時)原作の昭和『仮面ライダー』シリーズのメインライターとして有名である。伊上勝は「初代」~『ストロンガー』までかなりの本数を書いている。

●『仮面ライダー
[1971年04月03日~1973年02月10日]全98回
〈1~3、6、7、13~17、26、27、31、35、38~41、52~54、62、64~68、71、74、78~81、87、91~94、97、98話の、計40本を執筆〉

●『仮面ライダーV3』
[1973年02月17日~1974年02月09日]全52回
〈1~4、13~15、20、21、25~32、35、36、43、44、47話の、計22本を執筆〉

●『仮面ライダーX』
[1974年02月16日~1974年10月12日]全35回
〈3、4、9、10、13~16、21~24、32、35話の、計14本を執筆〉

●『仮面ライダーアマゾン
[1974年10月19日~1975年03月29日]全24回
〈7、9、12~15、20、22、計8本を執筆〉

●『仮面ライダーストロンガー
[1975年04月05日~1975年12月27日]全39回
〈1、2、7、10~13、17~20、31、32、37~39、計16本を執筆〉

 初代『仮面ライダー』は当初は<怪奇>路線だったが、仮面ライダー2号」編から<単純明快>路線に切り替わり、人気に火がついたというのは有名な話だが「それ」を推進したのは伊上勝であったという。

 2011年(『フォーゼ』の年)に発売された、伊上勝の評伝では以下のように分析されている。

 生前、好きな作品に『仮面ライダーV3』(特に前半)を挙げていた伊上だが、これも大きな理由の1つだったに違いない。仮面ライダー』も2号編の方が楽しかったと語っていたという。初期の本郷猛は書いていて気が滅入るので辛かった、と。
 このことから、改造人間の苦悩を前面に押し出していた本郷猛のキャラクター造形は石ノ森氏をはじめ市川、上原両作家(注)の作風だったことが窺える。主人公が逆に屈託のない性格の一文字隼人になったことで、伊上節を盛り込みやすくなったのだ。
 そしてその2つの要素が合体して1人になったキャラクターではあるが、風見志郎は宮内氏の持ち味とも相まって、書きやすいキャラクターになったのではないだろうか。
(竹中清『伊上勝評伝 昭和ヒーロー像を作った男』より)
注:市川森一上原正三は企画に関(係)わっていたが、『帰ってきたウルトラマン』に参加するため放送前に降板した。

 何気に、『アメトーーク!』でもネタにされた、城茂の「そんなこと俺が知るか!」で有名な、奇械人ワニーダが登場する『ストロンガー』第07話「ライダー大逆転!!」の脚本を書いたのも伊上勝なのである。

 ところが、伊上勝は『仮面ライダー(新)』でもメインライターを務めたものの、前半で降板。『スーパー1』でも以前のように、連続して複数本書くことが出来なくなってしまった。これは何故なのだろうか?

●『仮面ライダー(新)』
[1979年10月05日~1980年10月10日]全52回
〈1~5、7~9、12~14、16~21、23の、計18本を執筆〉

●『仮面ライダースーパー1』
[1980年10月17日~1981年10月03日]全48回
〈20、26、28、30、32、35、37、39、42、45の、計10本を執筆〉

 『伊上勝評伝』は井上敏樹も寄稿しており、氏(息子)は父親の脚本について、以下のように述べている。

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 父は子供の頃夢中になった紙芝居から物語の作り方を学び、その方法論に則ってシナリオを書き、あっと言う間にスターになった。おそらく父は最初から伊上流の完成された本を書いたに違いない。(中略)
 父の本の良さは、簡単に言えば分りやすさとテンポの良さにある。心情描写も単純で、人間の内面を深く探るようなものは書かなかった。父にとっての心情描写とはアクションのためのスパイスに過ぎず、出来れば書きたくなかったに違いない。(中略)
 父には詳細なハコを切る必要がなかった。父の頭の中にはシナリオのための鋳型があって、いくつかのアイデアをそこに流し込めば自動的に脚本になったのである。その鋳型は父が紙芝居で培った感性そのものだった。
井上敏樹伊上勝評伝 昭和ヒーロー像を作った男』より)

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 そこに限界があった。どの話も同じような味わいのものになってしまうからだ。心情描写の苦手な父にはシナリオの武器となる持駒が少なかった、とも言える。駒が少なければ動かすのは簡単だが、ワンパターンにならざるを得ない。
 もちろん父の本は父にしか書けない理屈抜きの純粋な面白さに溢れていた。だからこそあれだけの人気を博したのだ。だが、それでもいずれ限界は来る。いつまでも紙芝居では飽きられてしまう。時代に、そして父自身も。
 私は時々考える。時代が父を追い越したのか、それとも時代には関係なく父は書けなくなったのか。きっとどちらとも言える。いずれにせよ父は書けなくなったに違いない。ずっと同じ井戸を掘っていてはいずれ水は涸れてしまう。
井上敏樹伊上勝評伝 昭和ヒーロー像を作った男』より)

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 父が『仮面ライダースーパー1』に脚本参加したのは私が大学二年の頃だったろうか。相変わらず父は締め切りを延ばしに延ばし、私と弟は居留守に協力せざるをえなかった。
 この頃、私はまだ父の事を誤解していた。父は書けないのではなく、ただ書かないだけだと思っていたのだ。酒を控え、生活態度をあらためて怠け癖を直せばきっとまた書けるようになるだろうと信じていた。それは違う、と私に言ったのは母だった。母は「お前は馬鹿だね」というような呆れた顔をして私に言った。父は本当に書けないのだ、もうずっと前から書けなくて苦しんでいるのだ、と。書斎の布団の中で、どうしても書けない苦しみから、ひとりで泣いている父の姿を母は何度も見たという。
井上敏樹伊上勝評伝 昭和ヒーロー像を作った男』より)

 伊上勝は享年60歳(1931年07月14日~1991年11月16日)だが、脚本家としてのキャリアはそれほど長くはなく、全盛期は十年に満たないのではないか、と井上敏樹は語っている。天才は短命というわけである。

■平成ライター、井上敏樹

 以下は、2012年(『ウィザード』の年)に発売された、ユリイカでの井上敏樹のインタビューである。

井上 (中略)ヒーローの元型というと、街なかでチンピラに絡まれているところに強いお兄さんが来て、やっつけてくれる。その強いお兄さんが次に取るべき理想的な行動はなにかわかる?
宇野 「なにも言わずに去っていく」ですか?
井上 そう、なぜかというと、友だちになっても相手が強いとちょっと怖いじゃん(笑)。ヒーローはいなくなるいちばんいい。もともとヒーローはそういうふうに作られていて、月光仮面とかもどこの誰だかわからないけれど、みんなよく知っているというのは、いなくなるから。せめてお名前だけでもって訊いてもなにも言わずに立ち去る。名前を名乗っちゃうと怪人になってしまう。いないのがベストで、存在してしまうと怪人になる。
井上敏樹宇野常寛ユリイカ2012年9月臨時増刊号 総特集=平成仮面ライダー』より)

 “もともとヒーローはそういうふうに作られている”の中には昭和『仮面ライダー』も含まれており、上述の『伊上勝評伝』の井上敏樹の書き下ろし文章は、以下のように締め括られる。

 助けた者とかかわりを持たない――これが理想のヒーローだとするならキャラクターづけをしない方がいい。もし個性を持たせたならドラマ的には助けてもらった方はそれを理解しなければならなくなる。そして理解するためには交流を持つことになってしまう。理想のヒーローではなくなるのである。昔のヒーローが大体同じようなキャラ(性格)なのはこう言う理由による。
 父はこの原型の信奉者だった。だから人間を書く必要がなかったのだ。(中略)我々とはかかわりを持たない理想のヒーロー、その時代を父は生きたのである。
 その後、ヒーローたちはおずおずと理想の座から降り始める。気持ちは分かる。きっと尽くすだけの立場が馬鹿馬鹿しくなったのだ。ヒーローたちは我々に交流という報酬を求めるようになる。だが、これはまた別の話だ。
井上敏樹伊上勝評伝 昭和ヒーロー像を作った男』より)

 最後の、“ヒーローたちは我々に交流という報酬を求めるようになる。だが、これはまた別の話だ。”とはどういう意味だろうか?

 如月弦太朗が「俺の夢は、この学校の連中全員と友達になることだ。よろしくな!」と言う『フォーゼ』のことだろうか?否、そうではない。

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 主人公(怪人)が人間に<交流という報酬>を求めるのは井上ライダーの特徴である。

 『アギト』の津上翔一も、『555』の乾巧も、『キバ』の紅渡も、怪人である彼らは心の奥底では<関(係)わり>を一番求めていたのだ。

 意外にも、高寺ライダーや小林ライダーは交流(という報酬)を求めない。

 『クウガ』の五代雄介は精神的には昭和ライダーに近い(かつ、最終話ではメインキャラクターと関係を絶っている)し、前半『響鬼』の日高仁志と安達明日夢は「そこまで」関(係)わらない(少年が鬼に弟子入りするのは、後半『響鬼』になってからである)。

 『龍騎』は「戦わなければ生き残れない!」世界観なので、城戸真司は他の仮面契約者と交流を深めることはできないし、『電王』の野上良太郎は「設定上」ゲストと交流を持つようになることがない(時間が修復されると、仮面ライダーと怪人の存在は記憶から忘れ去られてしまう)。

 『カブト』(米村ライダー)ですら、天道総司は「天上天下唯我独尊」男なので、大半の人間が「ついて来られない」という作品である。『剣』は近しいかもしれないが、井上ライダーと比較するとそこまでではない。

 井上敏樹は、伊上勝“心情描写も単純で、人間の内面を深く探るようなものは書かなかった”からこそ平成ライダーでは人間を描いたのだ。

■父親だけでなく、息子もまた、

 井上敏樹は、伊上勝の脚本がワンパターンだと批判する。…しかしである。

 ここで、『キバ』第01・02話感想にも書いた、井上敏樹へのインタビュアーの発言を、もう一度引用する。

sebaooo-tatoba-combo.hatenablog.jp

――過去編の音也は『超光戦士シャンゼリオン』の涼村暁を思わせる、井上さんならではの強烈なほどの軽薄な主人公、すなわち井上キャラ全開になってますよね。
井上 みんなそう言うんだよな(笑)。
(『仮面ライダーキバキャラクターヴィジュアルガイド1(Prelude)』より)

 紅音也(強烈なほどの軽薄な主人公)が「井上キャラ」全開だと“言われてしまう”のは、<ワンパターン>だからに他ならない。

 ワンパターンなのは、それだけではない。

(壱)独善的で嫌味なネタキャラ
⇒『アギト』の北條透、『555』の草加雅人、『キバ』の名護啓介

(弐)真面目な奴はギャグになる
⇒『アギト』の氷川誠、『555』の菊池啓太郎、『キバ』の名護啓介

(参)米国連続ドラマの如き、謎
⇒『アギト』のあかつき号事件、『555』の流星塾、『キバ』の「キバ」

(肆)鬱、もしくは昼ドラ的展開
⇒『アギト』の葦原涼がらみ、『555』の園田真理がらみ、『キバ』の紅親子がらみ

(伍)敵怪人(組織)の幹部集団
⇒『アギト』のエルロード、『555』のラッキークローバー、『キバ』のチェックメイトフォー
※平成二期では珍しくないけど。

 昭和ライター伊上勝(父親)は「エピソード」がワンパターンであったが、平成ライター井上敏樹(息子)は「キャラクター造形」「シリーズ構成」がワンパターンなのだ。

■何故『キバ』は“現代と過去を同時並行で描くという斬新な試み”がなされたのか?

 以下は、2009年(『ディケイド』の年)に発売された、公式読本での井上敏樹のインタビューである。

――『キバ』は武部(直美)さんの初チーフ作品でしたが(中略)あの作品は、現代と過去を同時並行で描くという斬新な試みが最大のキモだったと思いますが。
井上 ライダーもこれだけ長くなると手がないんだよね。だから二つの物語を作れば宿命や因縁が描きやすいだろうと。それに、『アギト』から時間が経って、『キバ』ではどれだけ複雑なことが受け入れられるんだろうと、試したい気持ちもあった。普通の作品だとできないけど、ライダーという枠の中なら出来るかもしれないと思ってたから。でも難しかったみたいだね。
井上敏樹仮面ライダーディケイド&平成仮面ライダーシリーズ10周年記念公式読本』より)

 “ライダーもこれだけ長くなると手がない”のではないのだ。

 井上敏樹もこれだけ長くなると手がない”のだ。

 『キバ』第19・20話感想にも書いた、白倉伸一郎の『キバ』評を、もう一度引用する。

sebaooo-tatoba-combo.hatenablog.jp

白倉 ものすごく意欲的だったと思うんですよね。特にシリーズの縦糸の組み方、時間軸そのものをドラマに使うこと。『電王』の場合は時間旅行っていうネタが、単にネタとして機能しているにすぎないんですが、『キバ』は時間軸を番組構造そのものに持ち込むっていう企画じゃないですか。それがなければ、『キバ』は『555』以来の吸血鬼をベースにした作品ということと、非常によく練られた仮面ライダー像が堪能できるという超ストレート球であるという作品評に落ち着いたと思います。そこに1980年代の人たちを登場させ、縦軸番組として観せるというものすごい挑戦をしたことにより、とてもハイブロウなシリーズになったと思います。それがなかったら、ただの「怪物くん」ですね(笑)。わかりやすくいうと。
白倉伸一郎『証言!仮面ライダー平成』より)

 それがなかったら、『555』の<縮小再生産品>になってしまう、ただの『怪物くん』になってしまう。

 だから『キバ』では、“現代と過去を同時並行で描くという斬新な試み”がなされた。否、“時間軸そのものをドラマに使う”、“縦軸番組として観せる”という挑戦を、せざるを得なかったのだ。

■ずっと同じ井戸を掘っていてはいずれ水は涸れてしまう。

 何故、旧作の<猿真似>をしてはいけないのか?何故、旧作の<縮小再生産品>を作ってはいけないのか?

 理由は“ずっと同じ井戸を掘っていてはいずれ水は涸れてしまう”からだ!

 それを井上親子(正喜&敏樹)は身をもって示したんだよ不本意ながらも!だから先人と同じ失敗を繰り返してはいけないんだよ!

 にもかかわらず、同じ轍を踏んだ作品があるなぁ…?

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 『ビルド』!お前のことだよ!

■「木に竹を接いだ」ような不自然な仕上がり

 今年(2018年始)に大森敬仁は、『ビルド』の序盤(第01~16話)は武藤将吾が「平成一期」みたいにした、ということを公言している。

大森 (中略)「謎」と呼ばれる要素はほぼ年内ぐらいで回収しようという思いはあったみたいで、マスターの話と戦兎の正体に関わる龍我の冤罪はそこで解決してしまおうと。それで次の第2章は「バトル」でいくんだと明確におっしゃられてましたね。実際にはパンドラボックスや美空のことなど、多少の謎は残っていますが、以降は謎解きよりも「どっちが勝つんだこのバトル」という見せ方がいいんじゃないかということです。第1章は、言ってみれば「平成仮面ライダー1期」みたいなものだと武藤さん自身も言われていて(笑)。
(大森敬仁『東映ヒーローMAX Vol.57』より)

 しかし、記憶喪失の主人公が<謎解き>をしていくだけだと、ただの劣化『アギト』になってしまうため、『ビルド』に<足し算>された設定が以下の二つである。

(壱)火星のパンドラボックス
(弐)スカイウォールの惨劇

 何故、星と壁が足されたのか?

 “地球のボックス”だと、『アギト』のオーパーツと被ってしまうからだ。

 “東都(一つの都)”だけだと、『ダブル』の風都と被ってしまうからだ。

 別の惑星を足したのは、玩具(コレクションアイテム)販促の都合もある。

 “地球の記憶”だと、『ダブル』のガイアメモリと被ってしまうからだ。

 “宇宙のエナジー”だと、『フォーゼ』のアストロスイッチと被ってしまうからだ。

 さて、『ビルド』の中盤(第17~28話)では、三国間で「代表戦」が行われるのだが、

(参)東・北・西都の戦争

 何故、ライダーバトルでなく「ライダーウォーズ」だったのか?

 “個人の願い”を懸けた戦(闘)いだと、龍騎と被ってしまうからだ。

 つまり、『ビルド』のオリジナル要素というのは、『キバ』よろしく「ただの〇〇」にならないために、足されたものなのである。

 …まぁ、後半になると代表戦の結果は有耶無耶になり、火星はただの中継地点だったことが発覚し、パンドラタワーはただの塔と化すのだが。

■エボルト「全部俺のせいだ!」

エボルト「大したもんだ。だがせっかくの素晴らしい発明も、結局は戦争の道具でしかないんだから、空しいよなあ。」
桐生戦兎元はと言えばあんたのせいだろ!あんたがいなければ、国が3つに、分かれることもなかった。戦争なんて起きなかったんだ!
エボルト「本当にそうか?もし俺が地球に来なくても、お前たちはいずれ戦争を、引き起こしていただろうよ。」
桐生戦兎「なんだと?」
エボルト「前にも言ったはずだ。科学の行き着く先は破滅だと。科学が発展して便利になるほど、人は考えることを放棄していく。やがて、何もわからないまま、争いに身を投じる…。それが科学のもたらす…未来だ!」
桐生戦兎「人間はそんな、単純じゃない!たとえ、過ちを犯しても、二度と繰り返さないために何をすべきか、それを体系化して、研究するのが科学の役割だ!俺は人間を信じてる!」
(『ビルド』第35話「破滅のタワー」より)

 「元はと言えばあんた(エボルト)のせいだろ!」これが、全てを表(現)している。

 『ビルド』は序盤(第01~16話)ではファウスト(科学)を、中盤(第17~28話)では東都VS北・西都(戦争)を描いてはきたが、その全てはブラッドスタークの「計画通り」であり、後半になるとその正体がエボルトであることが判明する。

 エボルトは<地球外生命体>かつ<超能力者>であり、顔面整形、記憶消去、即死毒針、憑依、分裂、擬態…など、正に<ナンデモアリ>な怪人である。

 そもそも、三国首脳(氷室幻徳、多治見喜子、御堂正邦)が好戦的になったはパンドラ光を浴びたせいであり、欲望が増幅されたとはいえ、「人間の業」の部分は薄れてしまっている(難波重三郎は違うが、活かされずにエボルトに殺されてしまった)。

 本当に“真っ向から”科学や戦争を描くのであれば「星狩り族」など出すべきではなかったのだ。

 (もっとも、武藤将吾が一番描きたかったのは科学や戦争ではなく、「星狩り族VS仮面ライダーであった節がある。)

 (これ↓なんか、「ギャグで書いているのか?」って思ったからなぁ…!)

内海成彰お前たちがどれだけ戦っても、エボルトの支配からは逃れられない!いい加減、自分たちが操り人形だと気づいたらどうだ?
桐生戦兎「俺たちは、操り人形なんかじゃない。人間には心がある!魂がある。誰かを守るために、全てをなげうつ覚悟がある!」
(『ビルド』第40話「終末のレボリューション」より)

武藤将吾「『エグゼイド』を観て、“もっと速くしてやろう”と思っていましたから(笑)。」

 昨年(2017年末)に武藤将吾は、マイナビニュースのインタビューでこんな発言をしている。

武藤:最近、よく言われるんですよ。「この番組、1年あるんですよ。大丈夫ですか」って(笑)。もちろん、何も考えてないわけではないです。テンポが速い、展開が速いというのは、僕が今までやってきた大人向けの連続ドラマのスタイルがそうだったというのがありますね。新人のころ、監督から第5話でやることを第1、2話で見せ切ってしまうのがお前のスタイルだから。(従来の)連ドラの速度に染まるなよと言われたことがありました。そういう部分が自分の個性だと思っていたんですけれど、「仮面ライダー」でも同じことを言われて。「ああ、ちゃんと自分らしさというものはどんなジャンルでも出てくるものだなあ」というくらいの感覚ですね(笑)。『エグゼイド』を観て、あの情報量の多さが面白かったので、よけいに展開が早くなっているかもしれません。「もっと速くしてやろう」と思っていましたから(笑)。
 
『仮面ライダー平成ジェネレーションズFINAL』ビルド武藤将吾&エグゼイド高橋悠也の脚本家対談 - 夏映画ビルドの伏線、ライダーを書く魅力に迫る (3) 休日の朝とは思えない展開の速さ、情報量の多さ | マイナビニュース

 ソースを出せず恐縮だが、大森敬仁曰く「元々十話かける予定だった」ストーリーを、武藤将吾「四話で書いてきた」こともあったという。

 これは完全に推測だが、第19話「禁断のアイテム」~第22話「涙のビクトリー」が上述のそれに該当し、序盤(第01~16話)は兎も角、中盤(第17~28話)は本来もっと長かったのではなかろうか?

 そのせいか、後半(第29~49話)は只管「エボルト戦」である。『エグゼイド』の「クロノス編」(第32~45話)も長かったが『ビルド』はそれ以上だ(前作は8月で終了したから短いという側面もあるが)。

 『エグゼイド』以上に前半のテンポ・展開を速めたせいで、前作以上に「ラスボス編」を引き延ばすことになってしまった、というのは皮肉な話である。

 やることが無くなってしまったせいか、終盤は大森敬仁チーフP作品的展開が目立つ。

(壱)真面目眼鏡がネタキャラ化
⇒『ドライブ』のブレン、『ビルド』の内海成彰

(弐)紫の元敵が最終決戦で死亡
⇒『ドライブ』のチェイス、『ビルド』の氷室幻徳

(参)主人公の父親と宿敵に因縁
⇒『ドライブ』の泊英介&フリーズ、『ビルド』の葛城忍&エボルト

(肆)紫の元敵がギャグキャラ化
⇒『エグゼイド』の檀黎斗、『ビルド』の氷室幻徳

(伍)味方が身命を賭し何かする
⇒『エグゼイド』のポッピー&パラド、『ビルド』の万丈龍我&猿渡一海

 おそらく、三条陸高橋悠也がやって(熱狂的なファンに)受けたものを再びやったのだろう。言うならば、<焼き直し>である。

 まぁ、父親ネタは大森敬仁の趣味ではないらしいがw

篠宮:では、面白い作品を作る上での強みだと思うところはありますか?(中略)強みというか、得意というか、こういう持っていき方が好き、でもいいですし。
 
大森P:またか、っていわれるんですけど…また、父親かって。あれは僕の趣味ではない(笑)。父親は僕の中で全然キーポイントじゃないんですけど…。
 
堀内監督・篠宮:あはは!
 
「僕は武藤さんと大森さんに操られてる(笑)」劇場版『仮面ライダービルド』上堀内佳寿也監督&大森敬仁Pに篠宮暁が直撃! | シネマズ by 松竹

■大森敬仁「これが『創る』『形成する』っていう意味のビルドだ!」

 『ビルド』第02話(パイロット版)の、田崎竜太が撮ったOP映像を見た時、私は「この作品は最終的に壁を<破壊>する話になる」のだと、思っていたのだが…!

(万丈龍我がパンドラボックスにハザードトリガーを入れると白いパネルが作られた。)
桐生戦兎「父さんが遺した研究データを解析してわかったんだ。エボルトの遺伝子を持つお前(万丈龍我)だから作れた。この(白い)パネルの存在はエボルトも知らない。新世界はワームホールが完成形じゃなかったんだ。」
石動美空「どういうこと?」
桐生戦兎「このパネルは並行世界にアクセスできる。(中略)この世界には、パラレルワールドと呼ばれる無数の並行世界が存在する。白いパネルと、エボルトが持つ黒いパネルを使えば、別の世界と交わることができるんだ。」
氷室幻徳「そうなったら…2つの世界は滅びるんじゃないのか?」
桐生戦兎「いや、父さんはスカイウォールのない世界…。パラレルな。つまりエボルトが存在しない世界と融合して新たな世界を創ろうとしてたんだ。」
滝川紗羽「パンドラボックスの力が働いたこのパネルなら、それが可能ってこと?」
石動美空「でも、もう一つの世界にも別の私たちが存在してるんでしょ?融合したら、どっちかが消えちゃうんじゃないの?」
桐生戦兎「俺たちがいる世界がA、スカイウォールのない世界をBとするなら、AとBの世界を合わせてCという新しい世界を創るんだ。白と黒のパネル…そしてエボルト自身。これらの強大なエネルギーを合わせると、激しい時空のゆがみが生まれて、既存の物理法則が成り立たない、特異点が現れるはずだ。それを利用して新しい世界へと融合する。」
万丈龍我「やっぱり、さっぱりわからねえ。」
猿渡一海「エボルトはどうなる?」
桐生戦兎「エボルトのエネルギーは、全て時空のゆがみを作るのに使われる。だからエボルトも、パンドラボックスも完全に消滅するはずだ。」
猿渡一海「じゃあ、エボルトを倒すには、他に黒いパネルと、10本のロストボトルが必要だってことだな。」
桐生戦兎「そのボトルともう1本は、また人体に入れて精製し直さなきゃいけない…。10本のロストボトルを、白と黒のパネルにはめて新世界を創る。それが地球を救う唯一の方法だ。
(『ビルド』第46話「誓いのビー・ザ・ワン」より)

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 まさか最上魁星みたいなことをするとは…!

 (一応、OPの「数式で壁が破壊される」映像は流用されていたけど…!)

 こうして、「物理法則を越えた救済」によって、『ビルド』は全て「なかったことになった」のでありました。めでたしめでたし。

 …やはり、大森敬仁では<境界線>の話を描くのは不可能だったようですね。

※関連記事です。

sebaooo-tatoba-combo.hatenablog.jp

■<破壊>なくして<創造>なし

 以下は、2013年(『鎧武』の年)に発売された、十五周年記念本での小林靖子のインタビューである。

 平成ライダーが15年も続いたのはすごいですけど、逆に不自由になってる面もあるかもしれませんね。初期の頃はここまでメジャーではなかったので、白倉さんや高寺さんとか尖った人達がガンガンやっちゃってたけど、だんだん映画も当たらなきゃとか玩具も売れなきゃとか、ネームバリューによる課題を作っちゃったのが大変かな。それこそ若いころの白倉さんが『BLACK』に反感を持ったように、平成ライダーを見てこんなのダメだっていう新しい人が入ってきたら、さらに続くんじゃないかなっていう気がしますね。
小林靖子『語れ!平成仮面ライダー』より)

 破壊(scrap)しろ!

 旧作の<猿真似>をするな!旧作の<縮小再生産品>を作るな!

 <破壊>なくして<創造>は生まれない!

 私が「新元号ライダー」に望むことは、平成ライダー<破壊>と、新たなるヒーロー(像)と伝説の<創造>である。

[了]

※はじめましての方はこちらをご一読ください。

sebaooo-tatoba-combo.hatenablog.jp