千倍王鷹虎蝗合成獣

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総括!『仮面ライダーエグゼイド』(補足)

 『エグゼイド』の総括記事の補足です。

 『エグゼイド』の総括記事のコメント欄にこんな書き込みがあった。未承認なんだけど。理由は、返信内容を考えているからだッ!

sebaooo-tatoba-combo.hatenablog.jp

読者:
 まず、私が使った「主観/客観」には2つあります。それは、
 
 ①我々が物を考える際の主観/客観
 ②ものを評価するときの主観/客観 です。
 
 ①は例えば貴方が主観的な偏見を持っている、客観的な視線が欠けていると言ってきました。問題は②の方で、一応最初のコメントで言及してはいるものの説明が足りなかったと思います。
 
 ②を詳しく説明すると、ものを評価する際には「主観的に評価できる部分」と「客観的に評価できる部分」の二つに別れるということです。
 
 例えばラーメンを一杯食べるとします。このとき、味がしょうゆだったから、あっさり系だったから好き、美味しいという、「個人の感性によって良し悪しが別れる評価」を下す時があります。これが「主観的評価」これは基本的に客観的評価よりも優先して表に出ます。本能的な部分が反応するからです。
 
 一方で、人間が美味しいと感じるうまみ、糖度などは科学的に結論が出ており、その数値は全人類でおよそ普遍的です。こうした「個人の感性に左右されない、幾何学的に良し悪しを判断できる評価」が「客観的評価」です。
 
 これは脚本においても同様で、例えばエグゼイドで言うなら「医療」「ゲーム」「命」というテーマが好きか、シリアスな展開は好きか、という個人によって好みが別れる観点の「主観的評価」、
 
 「起承転結は適切に進行したか」「伏線の回収は適切に行われたか」という、現代の「脚本構成術」のスタンダードを踏襲できたかという観点の「客観的評価」という二つの評価ができます。
 
 ただし、注意しなければいけないのは、この二つは相互補完的な関係にあることです。脚本構成術のスタンダードは、基本的に視聴者の感情を揺さぶること、即ち主観的評価に訴えかけることが良い脚本と見なされます。
 
 一方で断裂的な関係でもあります。脚本構成術に乗っ取りつつも、視聴者がそのテーマを受け入れられないために主観的評価が低くなったり、逆に脚本がお粗末でも、好きな俳優などの主観的評価によってそれを素晴らしいと感じることもあるでしょう。
 
 感想の主観的/客観的をどう判断するか、という質問がありましたが、世の中にある感想は基本的に主観的評価、つまり感情的なものが大多数であると考えています。何故なら、人間はものを感じたときには最初に本能・感情が働き、後から理性が来るからです。
 
 結果、後から客観的に評価しようとしても、自分の主観的良し悪しに引っ張られた評論になってしまいがちなのです。相互補完的関係と断裂的関係が、まず主観的評価ありきであることからも主観性の優越は分かると思います。とはいえ、全てがそうと考えるのではなく、個人の評価を注視する必要があります。
 
 感情的という言葉を使うと、まるで主観的評価が悪いことのように思えますが、むしろ私は主観的評価こそ大事だと思います。何故なら、何かを好き/嫌いと思うことはアイデンティティの萌芽であり、その個人を確立するからです。

 なるほど、これは解かり易いし、正しいとすら思う。

 で、おそらくこのコメント投稿者は『エグゼイド』(高橋悠也)の脚本は良い脚本(「脚本構成術」スタンダードを踏襲出来ている)という前提で話をしているんだろうけど(あくまで推測です)、

 私は『エグゼイド』後半(高橋悠也)の脚本が「起承転結が適切に進行している」「伏線の回収は適切に行われている」なんて微塵も思わないけどな…!

 というか、私が『エグゼイド』で「お粗末!」と思っているのは主に後半(仮面ライダークロニクル編)で、前半はけっこう評価しているんですよ。『エグゼイド』後半は二言で言うと、

(壱)「起承転結」ならぬ「転・転・転・転」
(弐)後付け、後付け、後付け、また後付け!

なのよね。参考までに、『エグゼイド』第25~44話の感想記事を貼っておく。

『エグゼイド』第25~34話感想(まとめ) - 千倍王鷹虎蝗合成獣

『エグゼイド』第35~42話感想(まとめ) - 千倍王鷹虎蝗合成獣

『エグゼイド』感想:第43話「白衣のlicense」 - 千倍王鷹虎蝗合成獣

『エグゼイド』感想:第44話「最期のsmile」 - 千倍王鷹虎蝗合成獣

 『エグゼイド』(高橋悠也)の脚本の最大の問題(これは、私がそう思っているだけで、思わない人は気にならないのだが)は、ブラックボックスが多いということである。この件は、三四半評に書いた。

sebaooo-tatoba-combo.hatenablog.jp

 『エグゼイド』では一応、設定の説明自体はなされるのだが、その内容が、

(壱)「マスクドフォーム」は「ヒヒイロノカネ」でできた「マスクドアーマー」で覆われている。
(弐)「マスクドアーマー」は「ファンデルワールス力」で結合しており「キャストオフ」できる。
(参)「ライダーフォーム」は「タキオン粒子」が体を駆け巡ることで「クロックアップ」できる。

みたいに曖昧というか、説明が説明になっていないことが多いのだ。そうなると、視聴者は<脳内補完>するしかないわけだ。最悪、「そういうものなのだ」で納得するしかない。超!好意的に解釈(妄想)できる人なら問題無いのだろうが、そうではない人にとっては<説明不足>なまま話が進むことになる。

 私は、そういう脚本の書き方は<狡い(こすい)>と思っている。これは、感情論でしかないんだけどね。

[了]

※はじめましての方はこちらをご一読ください。

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