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千倍王鷹虎蝗合成獣

平成仮面ライダーの感想・考察サイト。衒学的で悪し様で居丈高な語り口のブログにようこそ。

『仮面ライダーゴースト』終盤評

起・承・転・結 17_ゴースト 15_鎧武

 『ゴースト』の放送が終了間近のため、終盤評をば。第39話「対立!父と娘!」から、第46話「決闘!剣豪からの言葉!」までの所感です。

※序盤評や中間評、三四半評への賛同・反対意見もお待ちしております。

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■五代さんや翔一くんや真司くんのように、

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――(中略)主人公の紘汰が平成ライダー史上でも極めてごく普通の若者だったのは、現実感があって僕はすごくいいなと思いました。(中略)紘汰のバイト絡みの描写が多いのも生活感があってよかったです。
虚淵 とにかく何者でもない人間が何かに変身していく話にしたいなと思ってたので、最初の頃の紘汰は徹底してゼロにしたかったんですよ。
 そもそも自分が何になりたいのかも、よくわかってない。誰かに役に立ちたいという思いだけが空回りしてるヤツってキャラにしたくて。
 乾巧にしても、そうじゃないですか。状況に翻弄されながら、あくまで自分の運命に抗って、その自分との向き合い方にヒロイズムが生じる。『クウガ』も『アギト』も『龍騎』もそうだったと思うんですよ。仮面ライダーの主人公っていうのは、そういうものって気がするんですよね。
虚淵玄『語ろう!555・剣・響鬼【永遠の平成仮面ライダーシリーズ】』より)

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西銘 (中略)『ゴースト』はダメダメな自分が1回死んで、どんどん成長していくというストーリーなので、僕もいろんなことに挑戦して、この1年間で演技などを成長させていけたらなと。(中略)あと、僕はすごく子供が好きなんですよ。ちょうど保育園とか幼稚園のときに平成仮面ライダーシリーズが始まった世代なので、自分も『クウガ』とか『龍騎』を観てたんですね。だから、あんな強くて優しいお兄ちゃんになれるのかなっていうプレッシャーもあるにはあるんですけど、子供から慕われる憧れの対象になれることが単純に嬉しくて。体格も性格も仮面ライダーっぽくない僕でも、こうやってライダーになれたんだよっていうことを伝えられたらいいなと思ってます。
(西銘駿『宇宙船 vol.150』より)

 『鎧武』と『ゴースト』は主人公が<青年>(大人と子供の間)で、主人公の<成長物語>という共通点があるが、それ以外にも、何かと似通っている部分が多い。

 サブライダーのフォームチェンジで物議を醸したり、

(例)斬月・偽の素体は「真」と同じなのに、レバロンの素体がデュークと異なるのは何故?

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(例)エジソンスペクターは二本角なのに、闘魂フーディーニが一本角にならないのは何故?

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 中間フォーム回(第23話)で賛否両論沸き立ったり、

コウタ「ユグドラシル絶対許さねぇ!スカラーシステムぶっ壊す!」

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タケル「嘘をつくな!眼魂を渡せ!お前たちを来れなくしてやる!」

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 終盤に作品のコンセプトを再び提示する所まで一緒w

『鎧武』⇒「企業の陰謀と天災の脅威に抗う青年成長譚」

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レデュエ「人間は必ずお前を拒む!そんな連中のために犠牲になる気か!?」
コウタ 「犠牲なんかじゃない!俺は俺のために戦う!俺が信じた希望のために!俺が望んだ結末のために!」
(『鎧武』第40話「オーバーロードへの目覚め」より)

『ゴースト』⇒「独裁国家の不死身の軍団に抗う青年英雄譚」

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ジャイロ「なぜだ?なぜあの力(ムゲン魂)を使わない!私を愚弄するのか?なら、眼魂を全て消してやる!」
タケル 「俺はみんながいたから強くなれた!どんな壁にぶつかっても、乗り越えることができた!だから…わかるんだ!みんなはまだまだ強くなれる!みんなには俺がついている!!」
(『ゴースト』第38話「復活!英雄の魂!」より)

 もう大人だった虚淵玄や、まだ子供だった西銘駿の魂が揺さぶられた、五代雄介・津上翔一 ・城戸真司に近付かんとする主人公像が葛葉紘汰と天空寺タケルと言えよう。両者はその<未熟さ(青さ)>故に言動が取沙汰されることが多いが、制作陣は意図的にそう描き、役者はそれを酌んで演じているのだ。

 例えば、『鎧武』第23話「いざ出陣!カチドキアームズ!」の場合。

虚淵 (中略)何が正義かっていうのは一概には言えないってことが重要なのかなと。(中略)紘汰が抱く正義感にしても、何が正義だと掛け軸に書いて飾っておくような正義じゃなくて、そのときどきで流動的だと思いますし。
 その場、その場で何が正しいのかっていうのを厳密に考えていかなきゃいけないのであって、その柔軟さこそ、本当に正しい正義だと思いますし、思考停止しちゃうキャラにしたくないなっていうのはありましたね。
虚淵玄『語ろう!555・剣・響鬼【永遠の平成仮面ライダーシリーズ】』より)

 例えば、『ゴースト』第23話「入魂!デッカい眼魂!」の場合。

 これまで演じてきて特に忘れられないのは、やっぱり1話。何回も見直しました。あとは22話と23話。初めて眼魔世界に行ったタケルは、荒れ果てた世界や、人間が目の前で消えるのを見て恐ろしくなって、絶望感を味わいました。これまでは「あきらめなければなんとかなる」「負けたと思わなければ道は開ける」と思っていたのが、やりきれなくてみんなに当たり散らしてしまって。(中略)タケルが恐怖にとらわれて、ヤケになったのも印象的で。眼魔に利用されている人を正気に戻して、いろいろな人を助けて、頑張って英雄眼魂も集めたけど、タケルだって聖人君子じゃないし、挫けることはあるんだという描写がうれしかったんです。
(西銘駿『仮面ライダーゴースト キャラクターブック壱 ~逢眼~』より)

■『ゴースト』は「幽霊モノ」なのか?

 以前、「『ゴースト』はゲストも敵も地縛霊の方が良かったのでは?」というコメントがあった。

 後『ゴースト』の不満は死があんまり描かれないから、ゴーストっていっても主人公だけというのが。『お迎えデス。』方式の方がわかりやすかったんじゃないかなと。成仏出来ない幽霊のお悩み相談で。一応「せつない」仮面ライダーだったじゃないすか。ゲストが満足して成仏するだけでも切なくなったんじゃないかなと。ドラマ次第ですけど。タケルだけ死人じゃあ、忘れられますよ、設定。敵も響鬼と被りますけど、幽霊系でもよかったんじゃないかな。お岩さんとか貞子とか笑。犬の霊とかでもなんでもいいんですけど。

 最近『アマゾンズ』をプロデュースした白倉伸一郎「『○○モノ』と銘打った瞬間にパターンに縛られる」という発言をしている。即ち、『ゴースト』は「幽霊モノ」という枠に収まってしまったが故に面白味に欠けると批判しているのだ。

――仮面ライダーファンの新シリーズに対する受け入れ方も、秋前の発表でちょっと戸惑って、放送がスタートすると受け入れられる――という流れかもしれません。
白倉:僕としては、なぜ放送が始まると簡単に受け入れられているのかがわからないです(笑)。わかりやすいっていうのは、あんまりよろしくないと思ってるんですよ。仮面ライダードライブ』『仮面ライダーゴースト』と続きましたけど、まんますぎるじゃないですか。だから2016年秋からの新シリーズは、名前からは絶対にビジュアルが想像できないようになっています。この先のシリーズでも、なにそれ!?というライダーが出てきて、だんだんそれがかっこよく見えるような瞬間が続けばいいですね。
白倉伸一郎『これまでとこれからの「仮面ライダー」』(animate Times)より)

 ところが、『ゴースト』は話が進むにつれ、<幽霊>と思われていた眼魔が、実際は<霊体(アバター)>だったという事実が発覚する。『ワールドトリガー』のトリオン体みたいなもんね(←逆に解り難い?)即ち、眼魔の世界の住民も、タケル達と同じ<人間(異世界人)>だったのだ。『ワートリ』のネイバー(近界人)みたいなもんね(←逆に解り難い?)

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アカリ「タケル、前に眼魔の世界で、人がカプセルで眠っているのを見た、って言ったわよね?」
タケル「ああ。すごく大勢の人たちが…。」
アカリ「肉体をカプセルに保存して、分離した魂を眼魂に入れることで、半永久的な生命維持を可能にしたのよ。つまり彼らも不死身じゃない。私たちと同じなのよ。」
(『ゴースト』第41話「激動!長官の決断!」より)

 平成二期の怪人は<人間><人外>の二種類に分けられる。ドーパント(W)とゾディアーツ(フォーゼ)は人間が変身するが、仮面ライダーが人殺しになるのを避けるため、怪人を倒しても変身者は死なない(メモリブレイクやラストワン)これは確かに見心地は良くなるのだが、同時に作品に<ぬるさ>を生じさせてしまう。一方、グリード(OOO)やファントム(ウィザード)、ロイミュード(ドライブ)は人間ではないため明確に<トドメ>を刺すカタルシスを得られるが、今度は<更生><共存>を描くことが出来ない。王'sはメダルに戻り、グレムリン「人の心を失くしたお前は人じゃないだろ?」と言われ、機械生命体は撲滅されてしまう。『鎧武』は人間(アーマードライダー)と人外(インベス&オーバーロード)の両方を出したが、辟邪と化した初瀬亮二や、シド・凌馬・耀子のように<人死に>を出すと見心地が悪くなってしまう。

 『ゴースト』は怪人を人間と人外の<境界線>上の存在にすることで、上記パラドックスを克服しているのだ。そして、

 新『仮面ライダー』を企画する際に、僕がスタッフに求めたことは3つだけでした。それはまず、敵にヒエラルキー、序列を付けないということです。大げさなボスなんか、見たくもないと。そして、キーキー言う兵隊もいらない。同じことをやっていると思われちゃうから。そして最後に、これが一番重要なんですが、怪奇ものじゃないので手術はしないようにしてもらいました。手術をすると、どうしても以前の「匂い」がしてしまいますから。それらを踏まえて、リアリティのある作品作りを目指したんです。『クウガ』が始まって間もなく、JAC(現・JAE)の方の結婚式に出席したときです。かつて『ライダー』を作っていらした先輩方から、あんなのライダーじゃないときついお叱りを受けたんです。そのときに、成功したと思いましたね(笑)。かつての『ライダー』と変えることが狙いだったんですから。
鈴木武幸『仮面ライダー 平成 vol.1 仮面ライダークウガ』より)

 昭和の仮面ライダー「悪の秘密結社の改造人間という設定を現代風に翻案することにも成功している。なので、個人的には『ゴースト』は「平成一期と平成二期のハイブリッド」かつ、<原点回帰>も果たしている意欲作ということで、非常に興味深く見ていたのだが…?

■『ゴースト』に足りないものは?

Q07 『鎧武/ガイム』ならではの作品的な魅力とは?
A07 虚淵さんのこだわり。を受けてこだわるということ。こだわりきれない若者がこだわらざるを得ないという世界観。
(諸田敏『仮面ライダー鎧武/ガイム公式完全読本』より)

 これが『ゴースト』には足りない…!

 良くも悪くも、『鎧武』は話題性はトップクラスだったからな…!まぁそこは両刃の剣で、病み付きになるファンもいれば、病的にまで叩くアンチもいるのだけれど。子供には解り難い話だったと思うし…!私見だけど、『ゴースト』は高橋一浩が『鎧武』を子供にも解り易くアレンジしたものだと思っている。だって、

虚淵玄「インベスにユグドラシルにヘルヘイムの森にオーバーロードに知恵の実!」

に対して、

高橋一浩「ガンマにガンマの帝国にガンマの世界にガンマイザーにグレートアイ!」

ですよ!?何にせよ、『ゴースト』は脚本家(福田卓郎・毛利亘宏・長谷川圭一)達の色が薄かったね。チーフPたる高橋一浩の<こだわり>というか、彼自身の色は濃く出ていたけれど。

■<飢餓感>と<食傷感>

 異例づくしだった『鎧武/ガイム』という作品があったことで「平成ライダー2期フォーマット」への飢餓感を抱いたファンの方もいると思います。今回の『ドライブ』はその飢餓感にお応えしようという思いがあります。ただ、『鎧武/ガイム』という進歩を無駄にはしたくないので、今回も新しい仮面ライダーを目指して撮影に臨みました。ぜひ楽しみにしていてください。
田崎竜太『宇宙船 vol.146』より)

――次にまたお話があったら、僕らはまた虚淵さんの仮面ライダーを見られるでしょうか?
虚淵 どうなんすかね。さっきも言った通り、本当に大きい、いろんな人の思惑が絡む枠組みの中で動くものですし、うーん……誰が何を望むかによりますよね。
 やっぱり『鎧武/ガイム』っていうのは、それはもう本当に実験作でしたし、次の『ドライブ』はまた今までのつくり方に戻るとは聞いてるんですよ。連続ドラマじゃなくて、2話完結スタイルの方向で。
 それが明らかに監督さんたちにとってやりやすいっていうのは、身に染みてわかりましたしね。連続ドラマのスタイルで続けてやることのリスクというか、やりにくさっていうのは明らかにあって。それをデメリットと取るかどうかっていうのは、まさにこの先、つくる人の判断次第ですよね。
 ただ、やってできなくはないよってことは、この1年が証明したことなので、その大変さを引き受けるかどうかっていうのは、先々のプロデューサーさんたち次第ですけど、そこにひとつ選択肢を追加できたなっていうのは、自分なりに大きな価値だったと思います。
 やっぱりこの方法ってダメじゃん、という反省にならずに済んだなって。
虚淵玄『語ろう!555・剣・響鬼【永遠の平成仮面ライダーシリーズ】』より)

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 「二話前後編ゲストお悩み相談」と揶揄される平成二期(というか塚田英明)フォーマット。『鎧武』は「それ」を崩そうとしたが、如何せん崩し過ぎた。『ドライブ』は「それ」に戻し、『ゴースト』も基本的には事件(不可思議現象)モノの話運びをするものの、序盤(第01話「開眼!俺!」~第12話「壮絶!男の覚悟!」)は一話完結で、中盤の「眼魔の帝国」絡みの話(山口恭平監督回)はメインストーリーを追う形になっているし、

・第21話「驚異!眼魔の世界!」
・第22話「謀略!アデルの罠!」
・第27話「決死!覚悟の潜入!」
・第28話「爆現!深淵の力!」

二話完結である下記エピソードも、着実にデミアプロジェクトが進行(イゴールが暗躍)しつつあったりする。

・第20話「炸裂!炎の友情!」
・第21話「驚異!眼魔の世界!」
・第25話「異変!赤い空!」
・第26話「葛藤!決断の条件!」
・第34話「迷走!夢の世界!」
・第35話「真価!楽しさの力!」
・第36話「猛烈!アイドル宣言!」
・第37話「修得!それぞれの道!」

第41話「激動!長官の決断!」以降はずっと本筋を追っている。以前、虚淵玄これ(『鎧武』)をきっかけに子供たちにはストーリーを追いかけることを知ってもらいたいですね。この先、そういったエンターテイメントを楽しんでいく姿勢としてもね。と言っていたけれど、『ゴースト』は「それ」には成功しているんじゃあないかな。かつて、『W』『OOO』『フォーゼ』のサブプロデューサーを務めた男(高橋一浩)が、「それ」とは別の道を行き、『鎧武』の先を進んだという点で、自分は『ゴースト』を高く評価しています。

 これで『公式完全読本』とかで高橋一浩が「『鎧武』?そんなもん全然意識してねーよwww」とか言ってたら俺を笑ってくれ…!

 以上、『仮面ライダーゴースト』終盤評でした。賛同・反対意見、お待ちしております。

[了]

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