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千倍王鷹虎蝗合成獣

平成仮面ライダーの感想・考察サイト。衒学的で悪し様で居丈高な語り口のブログにようこそ。

対決!『鎧武』VS『アギト』

 「対決!」シリーズは、『仮面ライダー鎧武/ガイム』(以下、『鎧武』)と旧作を比較して徹底的に叩きのめすというコーナーです。今回はVS『仮面ライダーアギト』(以下、『アギト』)。ネタバレありまくりなのでご注意を。

【大元】対決!『鎧武』VS『仮面ライダー』 - 千倍王鷹虎蝗合成獣

■原点!「天使編」と「神々との戦い編」

 「仮面ライダー・本郷猛は改造人間である。かれを改造したショッカーは世界征服をたくらむ悪の秘密結社である」
 ファンならだれでもそらんじている、このナレーションに仮面ライダーの両義性が集約されている。
 仮面ライダーの体には、悪のテクノロジーが刻印されている。かれを生み出したのは、けっして《ショッカーに対抗する、正義の科学者》などではなく、あくまでも悪の秘密結社ショッカーである。
 かくして仮面ライダーは、みずからを仮面ライダーたらしめた造物主たる親と戦っていくことになる。
白倉伸一郎『ヒーローと正義』より)

 『アギト』のチーフプロデューサー、白倉伸一郎は『仮面ライダー』を手掛ける際、石ノ森章太郎萬画を読み漁り、仮面ライダーたらしめるものは何か?」を徹底的に洗い出したという。そこから見出したのが、<(1)同族同士の争い><(2)親殺し><(3)自己否定>であった。そしてこれら3要素は、仮面ライダーだけでなく、『サイボーグ009』の根底にも流れていると指摘する。

 仮面ライダーにかぎらず、こうした<親殺し>と<同族争い>の構造は、石森(石ノ森)ヒーローの大きな特徴のひとつにかぞえられる。いちばんよく知られているのは『サイボーグ009』だろう。武器商人の組織・黒い幽霊団(注:"ブラックゴースト"とルビが振られている)に人間兵器という商品として生産されたサイボーグたちが反旗をひるがえし、刺客として送り込まれるサイボーグたちと戦う。001~009の九人チームが、兄弟どうしといえるならば、敵も同じ兄弟である。
 親たるブラックゴーストを倒したサイボーグたちが、やがて人間そのものを創造した創造主たちに戦いを挑みはじめた『サイボーグ009/天使編』は、気宇壮大なドラマを予感させたまま未完となったが、これはこれで正しいのだろう。その先の物語を、本当に読みたいのかどうか、いまでも自信がない。
白倉伸一郎『ヒーローと正義』より)

 「天使編」未完の後、構想を練り直して「神々との戦い編」が発表されたんだけど、これも中断されちゃったのよね。この、『ヒーローと正義』が発刊されたのは2004年なんだけど、まさかその後に小野寺丈(おのでらじょう)による『2012 009 conclusion GOD'S WAR -サイボーグ009完結編』(小説)や、神山健治(かみやまけんじ)監督の『009 RE:CYBORG』(映画)が出るとは思わなんだ。

 で、「その先の物語を、本当に読みたいのかどうか、いまでも自信がない。」なんてカッコ付けて書いてるけど、この『サイボーグ009』の「天使編」&「神々との戦い編」をモチーフに作られたのが、何を隠そう『アギト』なのだ。

■拝火!ツァラトゥストラはかく語りき

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 「デデンデンデデ~ンチャララララ~ン♪」と『アギト』のオープニングの冒頭で謎のイコン画が映るけど、あれのバックボーンというか、裏設定が講談社の『テレビマガジン特別編集 仮面ライダーアギト』に載っているらしい。“らしい”と書いたのは持ってないから。なので、『ユリイカ』のアギト論から引用させていただく。引用の引用になっちゃうんだけどご容赦ください。

 太古――神話の時代だ。
 万物の創造主であるオーヴァーロードのもと、世界は楽園であった。
 だが、ロード(※1)と人類との間に戦いが勃発――地上の生き物は全滅の危機に瀕した。
 そのさなか、ただひとり人間に与したエルロード・プロメス(※2)は、オーヴァーロードの命に反して地上に下った。人間と交わり、『ネフィリム』(※3)と呼ばれる戦士を生み出してロードたちに対抗するためである。
 戦いは人間の敗北に終わったが、プロメスは最後の力を振り絞り、辛うじて人類を絶滅から救った。
 これを見たオーヴァーロードは、自分自身とロードたちを封印して、人類が進化し、再び地上に繁栄する日を待つことにした。
 こうして、地上からロードたちは消えた。
 (※1)アンノウンか?(※2)高位アンノウンか?(※3)アギト?
藤田直哉ユリイカ2012年9月臨時増刊号 総特集=平成仮面ライダー』より)

 『アギト』には水・風・地と3体のエルロードが登場するけど、「火のエル」だけは未登場だった。その、「火のエル=光の力、プロメス(闇の力、テオスと対をなす者)」という説が、上記引用部なのだ。まぁ、これは非公式らしいんだけど…。ただ、アギトの基本フォーム(グランド・ストーム・フレイム)の中に水属性が存在せず、強化フォームがバーニング→シャイニングと火属性→光属性への進化だったりするので、「あながち間違ってないんじゃあないの?」という妙な説得力があるよね。

 この、火が特別なものとして扱われていたり、「光の力VS闇の力」という対立構造は、炎を神聖視し、善悪二元論アフラ・マズダVSアンラ・マンユ)を特徴とするゾロアスター教をベースにしたものと思われる。『ユリイカ』の藤田直哉の寄稿では、ギリシャ神話の「プロメテウス」が下敷きになっていると論じているね。人類に“アギトの力”を授けた(種を蒔いた)プロメスは、ヒトに“神の火”を盗んで与えたが故に神々に罰せられたプロメテウスそのものだ。

 古今東西、神話には類似点が見られる。「ヤマタノオロチVSスサノオ」と「ヒュドラVSヘラクレス」といった英雄譚とか、オルフェウスの竪琴と黄泉比良坂(ヨモツヒラサカ)といったタブーとか。他にも、太陽信仰や大洪水物語なんかは枚挙に暇がない。人間の「オソレ(畏敬/畏怖)」という感情は全時代全世界共通なのかもしれないね。

 『鎧武』でも、北欧神話旧約聖書の創世記などの「神話」がフィーチャーされており(そういえば、『サイボーグ009』には「エッダ編」があるけれど、これは偶然だろうなw)、こうして考えると、『鎧武』は「初期平成仮面ライダーの"作風"に立ち戻っている」ように、見えるのだが…?

■人間!人間人間また人間

 『アギト』の凄みは、「天使・神々との闘い」成分にほとんど触れずにまったく推さずに物語が進行することだ。光と闇の遺恨の神話は沢木哲也(津上翔一・真)と黒い青年(闇の神、テオス)によって断片的に語られるのみで、劇中の主要登場人物達が真相を知ることは無かった。あくまで、『アギト』のメインライター井上敏樹が書いていたのは、「人間ドラマ」だったのだ。

切通 (中略)ただね、『アギト』は、最終的には人間というものの中では捉えきれない大きなことを描いてはいるんですけど、結局、井上さんという作者が感情移入しているのは、たぶんG3なんです。
 つまり人間なんですよ。あくまで人間のドラマで、大きな力とかも出てはくるんですけど、そんなことにすがったり、異なるものに変わろうとしているアナザーアギトみたいな人は滅んでしまう。(中略)過去に執着したり、今の自分を肯定しないで生きてる人は『アギト』の世界では生き残れないんですよね。(中略)神とか、大きな力とか、未知なるものと対峙してきたときに、人間はどうなるのかという、その「人間」のほうにフォーカスしているのが『アギト』なんだなと。
切通理作『語ろう!クウガ・アギト・龍騎 【永遠の平成仮面ライダーシリーズ】』より)

 この、切通理作の分析は鋭い所を突いている。何故ならば、同じ『語ろう!クウガ・アギト・龍騎』の中で、井上敏樹がまったく同じことを述べているからだ。

井上 氷川誠っていたじゃない?結局、あいつが主役なんだよね。人間だから、ちゃんとした。あいつがあとふたりの本物のライダーに負けないように頑張るっていうのがさ、根本のテーマだろうね。(中略)
――「天才と凡人」というのも『アギト』のテーマだったと思いますが、G3‐Xの話は翔一くんの天才性が証明される一方で、凡人の氷川の立場で見るとすごく切なかったですね。
井上 そうそう、そうなんだよな。翔一とか澄子とか、天才ばっかで悲しかったろうね、氷川は。ただ、氷川はやっぱりすげえヤツだと思うよ。根性がいちばんあるんじゃない?
――そうですね。だからこそ最終回の「ただの人間だ!」ってセリフは心からシビれました。
井上 だからさ、ただの人間のあいつが、やっぱり主役だったんじゃないかな。
井上敏樹『語ろう!クウガ・アギト・龍騎 【永遠の平成仮面ライダーシリーズ】』より)

 『アギト』は「謎伏線鏤め」が高視聴率の秘訣と評されることが多いけど、本当に面白いのは「人間ドラマ」の部分なのよね。それは津上翔一と氷川誠の意地の張り合いだったり、小沢澄子と北條透の舌戦だったり、美杉家(義彦・太一・風谷真魚)の団欒だったり。あと、何と言っても「食事シーン」(笑)翔一クンの家庭菜園&手料理、氷川サンと河野刑事の屋台ラーメン、そして、G3ユニットの焼肉w(こうして振り返ると、葦原涼の人間ドラマと食事シーンって少ないね)

『鎧武』と『アギト』の決定的な違いは、虚淵玄人間ドラマを書かずに謎伏線鏤めばかりに傾注したことだ。

■真逆!井上敏樹虚淵玄

 『鎧武』ファンなら誰もが、井上敏樹虚淵玄の対談を望んでいただろうけど、朝日新聞出版の『小説トリッパー 2014年秋号』の「井上敏樹×虚淵玄 特撮世界への招待 ――平成仮面ライダーとは何か」というコーナーにてついにそれが実現した。この対談は、『ヒーロー、ヒロインはこうして生まれる アニメ・特撮脚本術』という書籍に収録されているので、この記事を読んだ方はみんな買ってくださいね(宣伝)小林靖子×小林雄次小中千昭×曾川昇の対談も載っていて、読み応えたっぷりですよ。

 二点、引用させていただく。先ずは、井上敏樹による「日常」の重要性について。

井上 俺はヒーローとしてのキャラ付けよりも、個人としてのキャラ付けのほうが大切だと思ってるよ。戦ってるときじゃなくて、むしろ日常がどんなやつなのかってこと。ヒーローとしてのキャラ付けを今の時代にやっても意味がないよ。
虚淵 日常ですか。
井上 よく日常を描かないヒーロー物もあるんだけど、つまんないよね。要は世界に入っていくととっかかりになるのが日常じゃない。ものを食べるシーンとかね。今は食いもんでキャラを売ることはやりつくしてる感があるけど、昔からよくあったでしょ。戦隊ものにおいて「カレーが好き」とかさ(笑)
井上敏樹虚淵玄『ヒーロー、ヒロインはこうして生まれる アニメ・特撮脚本術』より)

 次に、井上敏樹脚本の「展開」について。

虚淵 僕の場合は脚本を遵守して作ってもらっていたんで、役者さんの演技によって脚本が変わることはなかったですね。(中略)
井上 俺はけっこう役者と話すよ。役者と話したりオンエアを見たりして、どんどんキャラを変えていくし、あがった画を見てコイツいいなと思ったら出番を増やしていくしね。逆にダメだったら減らしていくこともある。
虚淵 そうなんですか。
井上 監督の画作りって、俺にとってはすごく影響される一因なんだよ。こんなストーリーが、こんなにかっこ良くなるんだって思ったら、どうしたって影響を受けるもんだよ、やっぱり。それはテレビのいいところなんじゃない?お互いが影響を受けあって進化していくのが一番いい。ごろごろっと平面を転がってるだけ、みたいな作り方は、つまらないな。
虚淵 ストーリー自体も、書いてる途中に変わっていくんですか?
井上 そうだね。あまり結末は決まってない状態でスタートするよ。
井上敏樹虚淵玄『ヒーロー、ヒロインはこうして生まれる アニメ・特撮脚本術』より)

 如何だろうか?井上敏樹の持論をまとめると、
(壱)ヒーロー物でも個人としてのキャラ付けを重視し、日常を描く。
(弐)ごろごろっと平面を転がってるだけ、みたいな作り方にしない。
ということになる。これが、『アギト』の“筋”(コンセプト+志)だね。最早言わずもがなだが、井上敏樹虚淵玄のホンの書き方は全くの真逆、正反対なのだ。

■解明!『アギト』と『鎧武』の“謎”

 『アギト』最大の謎は「アンノウンが超能力者を殺すのは何故か?」であり、それに3人の仮面ライダーが抱える、探っている謎が付随している。

【大謎】アンノウンが超能力者を殺すのは何故か?
【謎1】津上翔一は記憶喪失だが、本当の記憶は?
【謎2】氷川誠が追う風谷伸幸殺人事件の真相は?
【謎3】葦原涼が追うあかつき号事件の秘密とは?

 『アギト』では毎回毎話のように謎が飛び出てくるが、個々各々の謎は、津上翔一・氷川誠・葦原涼の謎にぶら下がる、ツリー構造となっているのだ。

【謎1】津上翔一は記憶喪失だが、本当の記憶は?
 ・沢木哲也とはいったい何者なのか?
 ・黒い青年とはいったい何者なのか?
 ・沢木雪菜とはいったい何者なのか?
 …………
【謎2】氷川誠が追う風谷伸幸殺人事件の真相は?
 ・裏返ったテニスボールの秘密とは?
 ・風谷伸幸と沢木雪菜の関係性とは?
 ・風谷真魚は何故超能力を使えるか?
 …………
【謎3】葦原涼が追うあかつき号事件の秘密とは?
 ・父親の葦原和雄は何故死んだのか?
 ・あかつき号の乗客の現在の消息は?
 ・木野薫/アナザーアギトの本性は?
 …………

 『アギト』は明かされない謎や回収されない伏線も多かったが(『555』や『キバ』よりはマシだけど)、それでも物語の進行(結末)に悪影響を及ぼさないのは、「アンノウンが超能力者を殺すのは何故か?」という最大の謎が解き明かされればほぼ全ての謎が芋づる式に解消されるからなのだ。これはつまり、一話二話見逃しても問題無いということでもある。

 一方、『鎧武』の謎・伏線は一つに収束しない。インベスゲーム流行の理由は?角居裕也の消息は?ユグドラシル・コーポレーションの思惑は?ヘルヘイムの森の果実を食すと?プロジェクト・アークとは?スカラーシステムとは?マスターインテリジェントシステムとは?禁断の(黄金の)果実とは?…………次から次へと、謎・伏線が出ては消えていくの繰り返しである。「息もつかせぬ展開」と言えば聞こえが良いが、悪く言うと「一話二話見逃したら途端に話が分からなくなる」ということでもある。虚淵玄は自身の脚本術を「カードゲーム」に喩えており、「手札を晒す順番が秘訣」と述べていたが、如何せん、カードを伏せるターンが長過ぎたのかもしれないね。あの、『鎧武』に対して比較的好意的な意見を持つ金田治ですら、こんな苦言を呈していたからなぁ…!(信じ難いかもしれないが、一般大衆というのは、過去の謎・伏線を、あまり覚えていないものなのだ。)

――金田監督が『鎧武/ガイム』で初参加されたのは16・17話で、かなり物語が動き始めた頃でしたね。
金田 放送されたのは2月ぐらいだったかな。撮ったのは11月ぐらいだったと思うけど。僕が入る少し前の12話ぐらいから、ようやく核心に迫る話になってきましたね。最初はダンスだとか(インベス)ゲームだとかやってましたけど、僕個人の意見としては、佐野(岳)くんが演じる紘汰がいったい何のために戦うのか、もう少し早い段階で見せないとお客さんが逃げちゃうよ~……なんて、その頃は思ってましたね(笑)。
(金田治『仮面ライダー鎧武/ガイム公式完全読本』より)

 『鎧武』は、「謎伏線鏤めし神話」という点では『アギト』を真似れているが、「日常描写・役者監督の演技演出の反映」という点では『アギト』に完全敗北しているのだ。

■相違!アニメと実写

 井上敏樹虚淵玄の対談では、こんな話題も上っていた。

井上 ところで、実写がはじめてってことは、かなり苦労したんじゃない?アニメとは違うでしょ。
虚淵 はい。アニメと同じ考え方で途中までやって、しくじったなって思いはありました。セル画で間が持つ演技と、役者さんがやって間が持つ演技の違いなんて、特にそうですね。
井上 たしかに台詞はアニメと実写でちょっと変わるね。声優さんってホントうまいんだよ。妙に。うますぎるくらいうまい。生身のやつがやるとちょっと違ってくるよね、台詞のニュアンスが(中略)実写の台詞はシンプル。説明台詞を言わせない。間の取りかたも考えるね。アニメは全く考えないけど。
虚淵 あとは、自分が作ったシーンが、実写で果たしてかっこよくなるかどうかっていうのが手探りでしたね。(中略)
井上 俺が実写の脚本を書くときはアニメとは全然違って、予算もロケ地も考えるよ。低予算で撮れるように書く。だからモブシーンは書かない。レストランだったら必ず貸し切りにできるようにとか、もろもろね。画にできないものは書かない。
井上敏樹虚淵玄『ヒーロー、ヒロインはこうして生まれる アニメ・特撮脚本術』より)

 やはり、アニメと実写で、脚本の書き方って変わってくるんだなと、『鎧武』視聴後は殊更そんなことを意識するようになった。虚淵玄は元々小説(ノベルゲーム)畑のホン屋だから、台詞が口語体じゃあなく文語体なのよね。あと、二人(一対一)の掛け合いが非常に多い。集団同士の場面でも、対話をするのは二人だけ、みたいなね(媒体の都合上、小説というのは多人数の会話を書くのに向いていないのだ。)だからと言って、台詞を変えたり削ったり、「画にできないものは書かない」を徹底すれば良かったのか?と問われると、それはNOなのだろう。「それが良い!」というファンも、沢山いらっしゃるわけだしね。

■求募!反対・賛同意見

 「対決!」シリーズでは、賛同より反対意見が欲しいと思っています。何故かと言うと、『鎧武』はアンチも多いけど、信者やファンも沢山いるから。じゃあないと、『鎧武外伝』なんて出ないよ。自分は、「何故『鎧武』に心を掴まれる人がいるのか?」も、ゆくゆくは記事にしたいと思っているのです。本記事に思う所のある方は、「『アギト』より『鎧武』の方が優れているぜ!」という想いがあれば、その丈(たけ)をコメント欄に書きこんでください。あと、「セバオーズもまだ甘い!『鎧武』はまだ、こんなにも『アギト』に劣っているぜ!」という提言もお待ちしております。だけど、悪口・罵詈雑言は駄目よ。他人を不当に貶める発言はNG。あまりに暴言が過ぎる場合は、非承認とさせて頂きますのでご了承ください。

[了]