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千倍王鷹虎蝗合成獣

平成仮面ライダーの感想・考察サイト。衒学的で悪し様で居丈高な語り口のブログにようこそ。

『ドライブ』感想:第28話「なぜ家族は狙われたのか」

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仮面ライダードライブ』の感想です。以下、ネタバレ注意。

第28話「なぜ家族は狙われたのか」
脚本:長谷川圭一 
監督:石田秀範
*↓東映公式サイト
http://www.toei.co.jp/tv/drive/story/1205659_2271.html

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■警察官の息子と犯罪者の息子と犯罪者の娘

 長谷川圭一先生、前回の感想記事で「作劇が滅茶苦茶」なんて書いてすみませんでした。コメント欄でだけど。真犯人は相馬頼子。もとい、西堀令子!動機が「仮面ライダーへの復讐」で、ターゲットは詩島剛だから、特状課の面々には会えずともよいと。ところで、西堀光也って何者…?既出の人間だっけ?第11話の…誰だっけ?『ドライブ』第0話の登場人物が出たことがあったじゃない?あんな感じで『シークレット・ミッション type TOKUJO』にいたりしたの?ここだけよくわからんかった…。

 第27話は「相馬頼子と良」の関係性を使って「詩島霧子と剛」の過去を断片的に見(魅)せてくれたけど、第28話は「西堀光也と令子」の関係性を用いて「蛮野博士と詩島剛」、プラスで「泊英介と進ノ介」の因縁をクローズアップしている。視聴者たる我々は1号・2号ライダーの親子・姉弟関係を再確認し再認識することになるのだ。オマケに、「チェイスは "家族" という概念を理解できない」という性格というか設定も追加。ライドブースターの販促もやらなきゃいけない中、上手くまとまってたんじゃあないでしょうか。ちょっと、ぎゅうぎゅう詰めで窮屈な感じがしたけれど(笑)

 今回の第27・28話でなかなかエグいなと思ったのは、「犯罪者の子供は親の罪を償うべきなのか?」という点。更に、ミソなのが「詩島霧子と剛は全く悪いことをしていない」というのと、「蛮野博士も悪事のためにサイバロイドを造ったわけではない」ということ。…や、蛮野博士についてはまだわからんな~!これ、「諸悪の根源は蛮野博士だった!」というオチにはしてほしくないな~…!なんか、一気に安っぽくなっちゃわない?でも、そうなりそうな気がするなぁ(笑)

■『アギト』も「3人の仮面ライダー」の物語だけれども

 『アギト』は、中盤以降「アギトとG3とギルスが共闘する」という展開になったけど、あれはチーフPたる白倉伸一郎の本意ではなかったようだ。

 3人の仮面ライダーが各々独立してて、それが交わる交わらないではなくて、一人ひとりが尊いものであって、その中には好き嫌いもあるかもしれないけど、それぞれの人生があるんですよ、っていうのが『アギト』で狙ってたドラマツルギーなんですね。劇場版でもそれは貫いてて、3人が力を合わせてひとりの巨大な敵をやっつけるっていう、いわゆるチーム制というか、スーパー戦隊的なやり方をすることはやってないんですよ。
 それでもやっぱり「いうてもこれ、3人が力を合わせるのがゴールなんだよね?」っていう視聴者側からの圧力があるんですよ。おそらく、当時はそういうドラマって誰も見たことがなかったので、共闘がゴールとしてのすれ違いをやってるんだよねっていう風に思われちゃったんですよね。
 で、結局、その圧力に負けるかたちで、シリーズの後半になって共闘ってイベントを2回くらいつくらざるを得なくなって。一回やっちゃうと、やっぱりねってことになって、ますます圧力が強くなっていくっていう。その悪循環が『アギト』の後半の反省点なんですよね。
 だから『龍騎』では、絶対に共闘できない仕組みを最初からつくったんですよね。『バトル・ロワイアル』のバクリに見えてもいいから、別にそれをやろうとは思ってないけど、そう思ってもらっても構いませんから、とにかく今度は共闘しませんよって(笑)。
 一人ひとりがバラバラに生きていくっていうのが、どうしても受け入れられない。結局はチームでしょ、共闘するんでしょって圧力をはねのけるためには、チームじゃあり得ないって設定が必要だったんです。
白倉伸一郎『語ろう!555・剣・響鬼【永遠の平成仮面ライダーシリーズ】』より)

 まぁあれだ、敏鬼も「アイツの言うことは全部後付け」「後になって理屈を考えるんだよ」なんて言ってるけど、白倉伸一郎のインタビュー内容は、眉唾で読んだ方がいいと思います(笑)ただ、上記の『アギト』の反省点と『龍騎』の改善点に関しては、本心だと思われる。何故なら、『ディケイド』放送当時も、同じような発言をしているからだ。以下、東映の『平成仮面ライダー10年を駆ける!』という記事より。

司会)次の『龍騎』は、そうした『アギト』の延長線上にあったのでしょうか?
白倉)そう思います。一つ『アギト』の反省点がベースにあって、3人のライダーをバラバラに描いていくといっても、どうしてもお客さんがいつ力を合わせて戦うのだろうという興味を前面に持ってしまう。それぞれがどう人生を歩むのかを考えるのではなくて、いつ3人が一緒に戦うのかばかりを考えてしまう。それは仕方がない部分ではありますが、わかりにくい内容になってしまった。"三銃士"のように戦いゴールを迎えるという見え方を期待してしまうんですよね。
今までこういう形式の番組はなかったからしょうがない。それを乗り越えられなかったことが反省です。そういう見方をするお客様がいても構わないですが、それではこちらが本当にやりたかったことが伝わらないと思いました。『龍騎』では、とにかく絶対に力を合わせないことから先ず入ること。お客さんもそこに乗ってもらう。そこが根底にあります。

歴代平成仮面ライダーを語る | 東映[東映マイスター]

 『ドライブ』も、ドライブ/マッハ/チェイサーと仮面ライダーが3人になったけど、「これから3人の仮面ライダーが共闘するよ!」と制作陣が視聴者に訴え促し迫るのと、「さっさと3人の仮面ライダーを共闘させろや!」と視聴者が制作陣に駆り立て急き立て掻き立てるのでは、ベクトルが全く真逆、正反対なのだ。

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■"仮面ライダー"が免罪符になってない?

仮面ライダーは人知れず悪と戦う、正義のヒーローなんだから!」
(野座間友子『フォーゼ』第18話「弦・流・対・決」より(脚本:中島かずき))

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「ある人が言った。俺たちは正義のために戦うんじゃない。俺たちは人間の自由のために戦うんだと。」
(門谷士『ウィザード』第53話「終わらない物語」より(脚本:會川昇))

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 ……うん、他意は無い。ホントだよ!

 「仮面ライダーチェイサー」に乗り切れないのは、そこに到るまでの道筋がほっそいから。だって、主人公たる泊進ノ介のチェイスへの心情ってこんな感じ↓でしょ?

【起】(第03~13話)「死神」、魔進チェイサーめ!特状課の邪魔ばかりしやがって!
【承】(第14~19話)「死神」はプロトドライブだった!つまり、詩島霧子の恩人…!
【転】(第20~22話)「死神」はブレンやメディックに洗脳されてる!倒すしかねぇ!
【結】(第23~26話)「死神」は生きてた!仮面ライダーになったし、まぁヨロシク!

 これで「燃えてくれ!」と言われてもなぁ…!そして、番組側の言い分はこういうこと↓なわけだ。

「やぁ全国のチビッ子達、僕は三条陸だよ!チェイスは今まで敵だったけど、
(01)その正体はプロトドライブで人を殺したことはないし!
(02)今まではブレンやメディックに洗脳されてただけだし!
(03)仮面ライダーチェイサーに変身できるようになったし!
だから今までのことは水に流して、これからは味方として受け入れてあげてね!」

 どうもしっくりこん!仮面ライダーチェイサー」になったら全てがチャラなの?他の視聴者はスムースに受け入れてるのかしら…?

 あと、今回の第28話「なぜ家族は狙われたのか」って、構造的には第22話「F1ボディでどうやって戦えばいいのか」と同じなわけだけど(050の術で暴走するマッハ、メディックの洗脳で暴走する魔進チェイサー)、第28話の解決策が「050を倒してマッハを救う」なのであれば、第22話も倒すべくはメディックだったんじゃね…?魔進チェイサーは戦闘不能に止(とど)めておくとかさ。その差が、「詩島剛は人間で、チェイスは機械だから」という理屈なんだから凄いよね(第25話参照)チェイスもチェイスで、よく自分を破壊した人間と一緒に戦えるよな…。如月弦太朗みたいだね。プログラムって悲しいな…!

■巨匠は「子供が観るためのものを作っている」!

 前回、第27話の感想記事は酷かった…!痰壺、肥溜、掃溜みたいになっちゃってるな…!ああいうのはよくないな…。今後は慎みます。まぁ、あれは自分の本音なんで、消したりはしないですけど。

 石田秀範(以下、"巨匠")がコメディ回、コメディタッチの演出を多用するようになったのは、『クウガ』の頃から心境の変化があったからだそうで。以下、『ディケイド』放送時のインタビューより。

――翌年の『龍騎』では、半ばコメディ回(第29・30話)が象徴するように、コメディタッチの演出が際立つようになってきたかと思いますが。
石田 僕の場合、一旦決めたら極端に行っちゃうんですよ(笑)。子供みたいにふざけてしまうんですが、そこは自己主張なんでしょうね。(中略)たとえば「拉麺食べたい」とか「ステーキ食べたい」っていうのは理屈じゃないですよね?だから本能的にドラマの中に笑いを欲していたのかもしれないです。
――確かに、そこで作品の振り幅が広くなった印象があります。
石田 その懐の広さがこのシリーズの良さでもあるんでしょう。もちろんメインターゲットは子供です。だから、『クウガ』から10年経ちましたが、その間に子供の視線を気にするようになりました。特にここ2、3年は自分の中で子供が観るためのものを作っているんだと、今さらながら気づきましたね。わかりにくいものを作ってもしょうがないだろうと。最近は本当にそう思えます。
(石田秀範『仮面ライダーディケイド&平成仮面ライダーシリーズ10周年記念公式読本』より)

 自分は『クウガ』も大好きなんで、その中核を担っていた巨匠は素直に凄いと思うし、そういう点では尊敬の念も抱いているのだけれど、巨匠的には、もうクウガ』のような映像を撮るつもりはないみたい。

――『クウガ』はその後のシリーズの基礎にもなりましたし、東映特撮作品としても大きな転換点になりましたが、従来とフォーマットを大胆に変えることについて多少の危惧もあったのでしょうか。
石田 僕の意識としては否定から入ってました。間違いなくそうでしたね。良かろうが悪かろうがそれまでのものを否定して、その結果が吉と出るか凶と出るかはわかりませんでしたが、変えることに意味があると思っていたんです。それ以前に、自分の中で溜まったものがあったのかもしれないんですけどね。
――いわゆる子供番組からの脱却を以前から狙っていたということですね。
石田 そうですね。
(中略)
――その上で、本来メインの視聴者でもある子供たちがついてきてくれたと。
石田 それはありがたかったですけど、その辺のバランスはプロデューサーのおかげでもあります。正直、僕はそこまで考えてなかったですからね。
――え?
石田 とにかく変えたいという一心でしたから……今から思うとお客さんを見てなかった。どこを見ていたかというと自分(苦笑)。自分が納得するものを作ろうとしてましたからね。今だから言えることですけど、失礼な話ですよね。しかも、これは失敗していたら言えないことですし(笑)。
(石田秀範『仮面ライダーディケイド&平成仮面ライダーシリーズ10周年記念公式読本』より)

 つまり、『クウガ』は「自分のために撮っていた」けど、それ以降の作品では「子供のために撮っている」と。だから、『ドライブ』第28話の「進ノ介!復活作戦(特状課と仁良課長との茶番)」も、「嗚呼、このシーンは、巨匠が子供のために撮ったんだな…!」と、生暖かい目で視ることにしましょう。……うん、あれはないわ。

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■裏切りは、仮面ライダーの代名詞

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 全然wktkしねぇ…!なんだこの強引な展開は…!

[了]

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