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千倍王鷹虎蝗合成獣

平成仮面ライダーの感想・考察サイト。衒学的で悪し様で居丈高な語り口のブログにようこそ。

『ドライブ』感想:第20話「西城究はいつからロイミュードだったのか」

仮面ライダードライブ』の感想です。久々の「簡易じゃない版」!以下、ネタバレ注意。
※今回、『ドライブ』だけでなく他の平成仮面ライダーのネタバレもあるのでご注意を。割といつもな気がするけど…!

第20話「西城究はいつからロイミュードだったのか」
脚本:三条陸 
監督:金田治
*↓東映公式サイト
http://www.toei.co.jp/tv/drive/story/1205111_2271.html

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■人間と怪人の共存は可能か?

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 今回の話は、評価が難しいな…!というか、現時点では評価ができない。

 「人間と怪人の共存は可能か?」というのは、過去の平成仮面ライダーでも度々掲げられてきたテーマだ。だが、それを書くのはとても難しい。何故なら、『仮面ライダー』という作品は必ず「ヒーローが怪人を倒すシーンを入れねばならない」からだ。男児なりきり玩具の販促番組の宿命だね。つまり、相当上手く描かないと、「毎週のように怪人を蹴り殺してるくせに、何が共存だ!」と、下手すると「偽善者め!」「ダブルスタンダードだ!」と批判される恐れがあるのだ。

 例えば『カブト』。「打倒ワーム!俺が史上最強のマスクドライダー!」天道総司の俺様っぷりを堪能する番組なわけだけど、中盤に「日下部ひよりはシシーラワームだった!」ということが視聴者に明かされてからは、天道総司の言動に「迷い」が生じ始めたと思う。否、『カブト』という番組の迷走が、天道総司の「揺らぎ」を生んでしまったのだろう。そもそも、「ワームもネイティブも全て倒す!ただし、ひよりは殺さねぇ!田所さんも殺さねぇ!」という時点で相当ダブスタなんだけどね…!けど、『カブト』は「主人公が絶対正義!」というスタンスなので、まぁ良しとしよう。……『カブト』の終盤、「三島正人ラスボス化」展開はやっつけにも程があるよね…!

 例えば『キバ』。紅音矢と真夜(クイーン)の子どもである紅渡は、中盤以降「人間とファンガイアの懸け橋になりたい」という目標を持つようになるけれど、父の残したヴァイオリン「ブラッディローズ」に導かれて散々同族を屠ってきたわけで、これもまたダブスタと言わざるをえない。芳賀優里亜クイーンよりも処刑してるからな…!ただ、渡は「人間が心の中で奏でている音楽を守りたい」という音矢の遺志と、「ファンガイアの王(キング)」としての資質の間で、人間と怪人の境界線上で悩み苦しみながらも前に進んでいくというキャラなので、これもまた良しとしよう。『キバ』は出来はアレだけど、一応「人間と怪人の共存」という帰結には辿り着いてるのよね。最終回で、登太牙(渡とは異父兄弟)も「ライフエナジーに代わる新エネルギー」を開発しようとしているし(未来からやってきた渡の子ども、正夫が「おじさん!」と太牙を呼んでるから、多分ずっと関係は良好なんだろうな)まぁ「ネオファンガイア」とかがやってきちゃうから、雲行きは怪しいんだけど(笑)『キバ』の、「人間と怪人のハーフ」というネタは最高に美味しいのに番組の面白さに昇華されなかったのは残念。またチャレンジしてほしいな。

 例えば『フォーゼ』。「番長主人公が不良と喧嘩して、殴り合った後で仲直りして友達になる」という話だけど、如月弦太朗は「ワンセブンとは友達になるぜ!だがキョーダイン、手前ぇらは蹴り殺す!」という超絶ダブスタ野郎だ。思うんだけど、『フォーゼ&オーズMOVIE大戦MEGAMAX』にて弦太朗はSOLUと友達になるわけだけど、もし姿形が美咲撫子じゃあなくて、ピクシス・ゾディアーツの牧瀬君みたいなヤツだったら、蹴り殺してたんじゃねェの?って思うのよね。これは、コアチャイルドこと歌星賢吾も同様ね。「俺とダチにならねぇヤツは蹴り殺す!」っつってさ。『フォーゼ』は悪い例。

 例えば『クウガ』。五代雄介はグロンギに対して容赦しない。棒で、銃で、剣で、拳で、怪人を斃していく。みんなの笑顔を守るために。だから、一見すると「勧善懲悪的民族浄化!」に視えてしまう。だが、EPISODE48「空我」のン・ダグバ・セバ戦で、雄介はクウガとして戦う時はいつも、仮面の下で泣いていた」ということが明らかになる(それに対し、笑いながら拳をふるうダグバ)EPISODE30「運命」にて、椿秀一が蝶野潤一に語っていたけれど、「殴れば、殴った拳も痛い」のだ。『クウガ』は徹底的に「ヒーローと怪人は共存できない」というスタンスで話が進むけど、それによって逆説的に「暴力は悲痛」、「非暴力を」と訴えている。これはこれで一つの描き方だね。

 例えば『555』。この作品が一番「人間と怪人の共存は可能か?」をきちんと描けてるよね。主題歌『JustiΦ's』の歌詞にもある、「護ることと戦うことのジレンマ」が。劇中で、乾巧はしばしば「この怪人、倒してもいいのか?」という悩みにぶつかる。第15話にて、「草加雅人がクレインオルフェノクを倒そうとするのを巧が止める!」とか、「長田結花のことで頭がいっぱいでフライングフィッシュオルフェノクを倒せない巧!」とかがそうね。第17話の巧の台詞、「戦うことが罪なら、俺が背負ってやる!」が一区切りなんだけど、この時点では自分は、巧の悩みは「人間の俺が怪人を倒すことは正義なのか?」だと思ってたんですよ。それが覆されるのは第34話で、「巧はウルフオルフェノクだった!」という事実が明かされてから。つまり、巧の真のジレンマは、「怪人の俺が同族を倒すのは正義ではなくエゴなのでは?」ということだったのだ。巧は、555としてオルフェノクを倒すことで「俺は怪人じゃない!人間だ!」という実感・安心を得ようとしていたのだ。これに気付いた時の俺の衝撃と言ったら…………ないね!『555』はやっぱ別格だな。『555』はいずれ思いっきり語ろうと思います。

■『ドライブ』の場合はどうか?

 『ドライブ』の泊進ノ介は今のところは「ダブルスタンダード」だ。だって、今回の話って「良いロイミュードは生き延びてよいが、悪いロイミュードは殺す!」ってことでしょ?第19話「なにが刑事を裁くのか」も、現さんの先輩橘さんが、ジャッジ・ロイミュードと結託したにもかかわらずお咎めなしだったし、公職の警察官が身内贔屓というのが何とも…!その善悪の判断、「境界線」を主人公が決めちゃう、というスタンスには疑問符が付く。

 ただ、現時点では「泊進ノ介はダブスタ!故に『ドライブ』は糞!」と決めつけるには些か早計なんだよな…!何故なら、「泊進ノ介はなぜ『ドライブ』に変身できるのか?」が明かされていないから。

 これは自分の予想なんだけど、人間としての泊進ノ介は既に死んでいて、劇中の泊進ノ介はロイミュードなのではなかろうか?ナンバーは108番(ラストナンバー)とかで。以下は仮説。
(1)仮面ライダードライブには、ロイミュードしか変身できない。
(現に、「プロトドライブ=チェイス/魔進チェイサー=ロイミュード・プロトゼロ」である。)
(2)ネクストシステムは、人間でも仮面ライダーに変身できるようにしたもの。
要するに、霧子ちゃんがドライブに変身できないのは『555』にて園田真理ちゃんが変身できないのと同じ理屈ということ。『ドライブ』では怪人しか仮面ライダードライブに変身できない。それが自分の予想。

 ……でもそれはないか……!(いきなり弱腰)進ノ介は飯も食らうし、けっこう頻繁に入院してるし、いくらロイミュードの擬態能力が超スゴイ!としても、バレるよな流石に…!進ノ介がロイミュードだったら…!

 まぁ何が言いたいかというと、そのくらいのバックボーンは主人公に欲しいよ、ということです。『ドライブ』もまだまだ20話。今後の展開に期待しましょう。

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 「072」というナンバーは意味深だ…!俺のブログも所詮は自己満足よ…!

[了]

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