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千倍王鷹虎蝗合成獣

平成仮面ライダーの感想・考察サイト。衒学的で悪し様で居丈高な語り口のブログにようこそ。

『フォーゼ』「第31・32話」と「第43・44話」と「みんキタ」

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 自分は『仮面ライダーフォーゼ』(以下『フォーゼ』)が嫌いだ。クウガ』~『鎧武』までで最下位。圧倒的ワースト1位。

 ↓ちなみに、個人的なランク付けはこんな感じ。異論は認めます。

(『555』=『ウィザード』)>『OOO』>『剣』>
(『クウガ』=『アギト』)>『W』>『電王』>『龍騎
>>>>>>>( 境 界 線 )>>>>>>>
>『鎧武』>『ディケイド』>『キバ』
(『響鬼』=『カブト』)>『フォーゼ』

 今回の記事は、「なぜセバオーズは『フォーゼ』を好きになれないのか?」という話です。『フォーゼ』だけでなく、他作品のネタバレも飛び交うのでご注意を。

■第31話「昴・星・王・国」と第32話「超・宇・宙・剣」

 や、『フォーゼ』は最初は割と面白おかしく視てたんですよ。第30話までは。

 で、「うわぁ、これはアカンやろ!」って思ったのが、『フォーゼ』第31・32話。昴星高校を支配したアリエス・ゾディアーツを、「みんなの絆で宇宙を掴む!」と如月弦太朗がフォーゼ・コズミックステイツに変身して倒す!という、一見すると「イイハナシダナー…!」となる話だ。「前半で朔田流星が如月弦太朗を殺して、後半で殺された如月弦太朗が甦る」という流れでなければ。自分は「死んだ人間が生き返る」という展開はよくないと思ってるんですよ。ましてや児童向けの番組で。最初からそういうギミックが提示されている作品なら別よ?『555』のオルフェノクの設定とか(もっとも、あれは死者蘇生というよりは「ゾンビ化」に近いものがあるけど)ましてや「3.11」の震災の後でそれをやるなんて…!不謹慎にもほどがある。その点、『ウィザード』や『鎧武』は誠実だ。「何でもあり」というイメージがある魔法を題材にしても、宇都宮孝明ときだつよしはコヨミちゃんを黄泉帰らせなかったし、虚淵玄は『龍騎』や『まど☆マギ』のように「世界改変エンド」にしなかった。おそらく、塚田英明は「自分を殺したヤツでも友達になろうとする主人公!こいつぁスゲェだろ!」と、如月弦太朗の度量というか懐の深さを表現しようとしたんだろうけど、仮死状態や昏睡状態じゃあダメだったんだろうか?実は、この回の脚本を書いた三条陸も、『フォーゼ』の公式読本にて苦言(というか言い訳)を呈している。

三条 (中略)すごく白黒明快なのが塚田さんの好みで、そういう針の振り切れ方みたいなのが塚田流なんです。弦太朗が死ぬ回(第31話)にしても、流星とアリエスが結託してフォーゼにダメージを与えて、アリエスがトドメを刺すというプロットだったんですけど、塚田さんと坂本(浩一)監督が「ここは流星がトドメを刺さなきゃダメです!」って(笑)。僕の感覚としては、さすがに手をかけてしまったら、もう関係回復できないんじゃないかっていうのがあったんですけどね(笑)。
三条陸仮面ライダーフォーゼ公式読本 FOURZE GRADUATION』より)

 何度も言うが、「死んだ人間が生き返る」ことはないし、そういった展開を児童向けの作品でやるべきではない。

■第43話「双・子・明・暗」と第44話「星・運・儀・式」

 次がこれ。「闇ユウキ」回ね。そういや、城島ユウキをローマ字読みにして、「"Jousima Yuuki" のアルファベットを組み替えると "I am Soujikyuu(私は双児宮)" になる!」というのが当時話題になったけど、中島かずき曰く偶然とのこと(笑)余談だけど、火野映司の "えいじ" を一文字後にズラすと "おうず" になるのも偶然よ!靖子にゃんがそう言ってた。…話を戻そう。「闇ユウキ」回の話だ。

 や、仮面ライダー部の中にゾディアーツがいる!」という話自体はいいのよ。寧ろ、「やるの遅くね?」と思ったくらいだし。問題はその描き方よね。なんで闇ユウキをぶっ倒す話になるんだよ!仮にも「自分を殺した相手を許した」主人公がだよ?第44話のAパートで、「クロー×シザース×チェーンソー×スパイク」モジュールでジェミニ・ゾディアーツを攻撃していたけど、一歩間違えればユウキ本人を殺めるところだったわけで。「弦太朗がいち早く気付く」とか、「闇ユウキも受け入れるぜ!」とか、どうしてそういう方向で話を進めなかったんだろう…?と思っていたら、またも三条陸のぶっちゃけ話が(苦笑)

三条 (中略)あと、ジェミニの回(第43・44話)に顕著ですが、弦太朗が何かやらかしちゃうというパターンね。これはすごく難しいんですよ。だって、「弦ちゃんも一緒に宇宙に連れてってあげる。これはその約束のチケット!」なんて言われたら、弦太朗は一生忘れないでしょ!(笑)でも、忘れないと話が始まらない構造を求めてくるんですよ塚田さんが!(一同笑)その結果、もらった箱自体は神棚に入れて大事に保管していたけど、中身が何だったのか忘れているってことにしたんです。もう、忘れさせるとしたら、これくらいしかないんじゃないかなぁって。(中略)僕の初稿だと(ジェミニ・ノヴァに)メテオがやられないんです。で、ジェミニとユウキが入れ替わったとき、いち早くそのことに気付いた弦太朗が身を呈してメテオの攻撃からユウキを守って一緒に逃げるという展開だったんですね。でも、そうすると塚田さんが「まだ気付いちゃダメです!」って言うんですよ(一同笑)。こっちとしては、そもそもユウキとの約束を忘れたりはしないだろうっていうのがあるから、弦ちゃんに負い目があるというか、一刻も早く挽回してあげたいんだけど、塚田さんはその辺がホント容赦ない(笑)。
三条陸仮面ライダーフォーゼ公式読本 FOURZE GRADUATION』より)

 で、「第31・32話」と「第43・44話」によって『フォーゼ』の評価はだだ下がりだったんだけど、それにトドメを刺したのが『みんキタ』だった。

■『仮面ライダーフォーゼ THE MOVIE みんなで宇宙キターッ!』

 なんでキョーダインをぶっ殺す話にしたんだよ!?もう、『みんキタ』これに尽きる。しかも、もっとタチが悪いのは「衛星兵器XVIIとは友達になろうとするくせに、ブラックナイトとグランダイン&スカイダインはその素振りも見せない」主人公の姿勢よね。お前は『天高』の生徒全員と友達になると宣言した男じゃないのかよ!なんで「『大鉄人17』(ワンセブン)のキャラとは友達になるけど『宇宙鉄人キョーダイン』のキャラは全員友達にならねぇ!」という話になっちゃうのかなァ。

 そう、『フォーゼ』で一番気持ち悪く気味が悪いのはその<線引き>にある。平成一期は「ヒーローと怪人の『境界線』」の話をテーマにしていた。特に『555』は「あちら側が悪でこちら側が正義と決めつけてはならない」ということを訴えていた。にもかかわらず、どうして「仮面ライダー40周年記念作品」たる『フォーゼ』を、「仮面ライダー部は正義だ!俺と友達にならねぇヤツは蹴り殺すぜ!」っていう番組にしちゃったんだよ…!俺は塚田英明という男が理解できない…!自分は『W』はかなり評価してるけど、『フォーゼ』に関してはもう「コンセプトがボドボド」としか言いようがない。『みんキタ』は、メインスタッフ達も各々思うことがあったようだ。

 以下、メインライター中島かずきの発言。

――(中略)まぁ、往年のヒーローが悪玉にされるということで、少なからず抵抗を覚えるファンもいないではないようですけど。
中島 キョーダインのときも最初は遠慮してたんですよ。でも2稿目か3稿目で「いや、これはもっと徹底的にやらなきゃダメだよね」ってことになって、石森プロさんとも話し合ったんです。そうしたら「通りすがりみたいにちょっとだけ出てくるというのではなく、しっかり描いてくれるのならば悪役でも構いませんよ」って。ただ、あれはキョーダインのネガの方であって、ちゃんと正しいキョーダインもいるという話はやりたいですね。
中島かずき仮面ライダーフォーゼ公式読本 FOURZE GRADUATION』より)

 以下、デザイナー麻宮騎亜の発言。

麻宮 で、次が夏の映画に出てきたキョーダインですね。あれは一部の方から非難囂々でした。最初から敵だということはわかっていたので、あくまでモチーフということで名前を変えて出すことにしようと。だったらちょっと悪っぽくしようかっていうことになって、最初はキョーダインって名乗らないはずだったんですけど、そしたら途中で「キョーダインって名乗る」って言われて「言っちゃうんだ!」みたいな(笑)。大幅にデザインが変わってオリジナルのファンの方が抵抗を感じるのはわかります。僕だってキョーダインが好きだし。でも、オリジナルに近いデザインを上げて、それが敵になるほうが嫌じゃないですか。だから、その辺りはご理解いただきたいなと思います。
麻宮騎亜仮面ライダーフォーゼ公式読本 FOURZE GRADUATION』より)

以下、特撮監督佛田洋の発言。

佛田 アクマイザーはあまり観てなかったんですよ。キョーダインはわりと好きで観てたけど。ただ一応、石ノ森チルドレンというかライダーとかを観て育った世代なので、そこで個人的な思いを言わせていただくと、たとえば夏の映画なんかは、キョーダインを最後でいいヤツにする必要はないけど、せめて一言いい台詞を言ってから散っていくとか、そういう部分は欲しかった気がしますよね。(中略)もちろんオリジナルとは別のキャラクターにしてあるし、今のちびっ子たちには関係ないことだとは思うけど、かつてちびっ子だった身としては……って、当時はもう全然ちびっ子じゃなかったんだけど(一同笑)、石ノ森先生の生み出したヒーローはどこかちゃんとヒーローらしさを持っていてほしいという気持ちを捨てきれないところはあります。考え方が古いかもしれないけど、実際もう結構いい歳なんでね、僕も(笑)。……ん?いい歳してこんなこと言ってるほうがダメなのか?(一同爆笑)
佛田洋仮面ライダーフォーゼ公式読本 FOURZE GRADUATION』より)

 …あれ?悪いの全部塚田英明じゃね…?

■『小説仮面ライダーフォーゼ ~天・高・卒・業~』

 さて、上でぐだぐだ愚痴を書き連ねたけど、おそらく塚田英明自身は整合性が取れてると思っているのだろう。自分はその「塚田英明のロジック」がずっと理解できなかったんだけど、昨年ようやく理解できた。ヒントは、塚田英明が書き下ろした、小説版『フォーゼ』にあった。

 引用その1。下記の"カリーナ"とは、坂本遼子が変身する「カリーナ(竜骨座)・ゾディアーツ」のこと。

 フォーゼはカリーナに突進していった。普段の生活で弦太朗が女子に手をあげることはない。そんなことはもってのほか。絶対にしない男だが、相手がゾディアーツとなると話は違う。コズミックエナジーによる肉体変質を経て超人化した者同士、相手に性別は関係なくなる。容赦などしていられない。カリーナにケンカ殺法のパンチを叩き込んでいく。
(塚田英明『小説仮面ライダーフォーゼ ~天・高・卒・業~』より)

 引用その2。鬼島夏児と歌星賢吾の掛け合いを想像して読んでみてね。

アタシは如月弦太朗は認めてないんだ
「突然、なんだ?」
あいつは地道に稽古したり、技術を磨くってことをしないでしょ。自分が持っているものをなんの戦略もなしに、ただぶつけるだけ。でも、それでなんとなーくうまく切り抜けてるのさ
「それが弦太朗だ。よく見ているな」
「その点、流ちゃんは違う。あのコは拳法で日々鍛錬しているし、頭も切れるし戦略家だ。共感できる。」
「朔田のことは認めているんだな」
(塚田英明『小説仮面ライダーフォーゼ ~天・高・卒・業~』より)

  この小説から伺えるのは、塚田英明の頭の中では、

(1)如月弦太朗は悪い奴とは友達にならないし、女でも容赦しない。
(2)如月弦太朗は「如月弦太朗を認めない」奴とは友達になれない。

というロジックがあり、彼自身の中では整合性が取れているということだ。問題はそれが本編でオミットされてることで…!つまり、『フォーゼ』第01話「青・春・変・身」での主人公の台詞、「この学校の生徒全員と友達になる男だ!」は、本当は

 「この学校の生徒全員と友達になる男だ!ただし、悪いことをする奴とは友達にならないし、相手に認められるまでそいつとは友達じゃねぇけどな!」

という意味なのだ。…うん、こんなこと言う主人公は嫌だけどさ(笑)でもそういうことでしょ?

 『フォーゼ』という作品で一番問題なのは、番長主人公が不良と喧嘩して、殴り合った後で仲直りして友達になるというコンセプトがまっ~~~~~~~~~~たく完遂されてないことなのよね。塚田英明の「志」自体は、高いのだけれど。『ドキドキ!プリキュア』を視た時も思ったけど、「主人公マンセー」型は難しいよね。「主人公アゲ」な作品は、気を付けないと「偽善」に見えてしまうし、それが揺らぐと「ダブルスタンダード」になってしまうから。

■第47話「親・友・別・離」と最終話「青・春・銀・河」

 自分は割と真面目に、「如月弦太朗はコアチャイルドだった」というオチが、一番しっくり収まったのでは?と思ってるのよね。こうすると、「(1)なぜ如月弦太朗は友達を作りたがるのか?」「(2)なぜ如月弦太朗は仮面ライダーフォーゼに変身できるのか?」という疑問が全て解消されるのよね。で、第47話「親・友・別・離」で我望光明に倒されるのは如月弦太朗の方にして、最終話「青・春・銀・河」では歌星賢吾がフォーゼに変身してサジタリウス・ノヴァと戦う、と。…何気に、制作陣は最初はそう考えていたんじゃあないのかな?メインライター中島かずきが、こんな意味深な発言をしているのだ。

――賢吾がコアチャイルドであるという設定も最初から?
中島 ですね。賢吾の身体の中にコアスイッチがあるというのは当初から設定されてました。ただ、その段階では●●が××だったんですよ。でも、長谷川さんが途中参加されたときに異論を唱えられて、ちょうど自分たちも違うんじゃないかという考えに至っていたこともあって、急遽変更を加えて現在の形になったんです。例によってホンが進んでたので、ちょこちょこと遡って直しを入れることができて。う~ん、でもこういう話は10年後くらいにしたほうがいいのかな?
中島かずき仮面ライダーフォーゼ公式読本 FOURZE GRADUATION』より)

 これは地味に気になる。例えば「仮面ライダー50周年記念!」とかで暴露してくれないかな中島かずきが(笑)

 以上、「なぜセバオーズは『フォーゼ』が一番嫌いなのか」という話でした。嗚呼、やっと書けたよこれ…!これが書きたくてブログ始めたと言っても過言ではないです。

■追記(2015/06/05)

 ところでなぜ「ここで進ノ介が死ななければいけなかったのか」ですが、ドライブにおけるイベントクリアー展開を考えると、白倉氏がその著書でも言ってるような彼岸のヒーローという概念を持たせて進ノ介を真の意味でのヒーロー=救世者にしたいんじゃないかなと思うのです。ドライブの健全な展開から考えると主人公が死ぬ必要ってあまり無いような気がするので(刑事ものだから殉職がつきものと言われたらそれまでですが)、死と再生というのはそのための通過儀礼なのかなーと。チェイスも一度死んだようなものですしね。他のライダー作品で死んで生き返る(正義側の)キャラが多いのもそのせいかと。

  これは、『ドライブ』第32話(泊進ノ介殉職回)感想に書き込まれたコメントである。

sebaooo-tatoba-combo.hatenablog.jp

 確かに、思い返してみると、平成一期初期では、けっこう「死んだ人間が生き返ってる」のよ!『クウガ』では五代雄介、『アギト』では芦原涼、『龍騎』では13人の仮面契約者が復活しているし。そして『555』の登場人物はほとんどが一度死んでいるというね…!あれ~?おかしいな…?視てた時は、あまり気にならなかったんだよなァ…?となると、俺が『フォーゼ』は死んだ人間が生き返るからアカン!というのは、ただの感情論に過ぎないということなのかッ!?(大混乱)

 仮面ライダーになる」=「人間から怪人になる」=「人間としては死ぬということは、『仮面ライダー』において「死んだ人間が生き返る」展開をやるのは、決して不自然なことではないし、寧ろ伝統的というか、自然なこと…なのかッ!?まだ、完全に納得し切れてないんだけど、これは…“筋”が通ってるなぁ…!

 というわけで、上述の御意見の御蔭で、大分『フォーゼ』の印象が変わったのでした。

■追記(2015/10/12)

 個人的「平成仮面ライダー」ランキングも変動しました。

sebaooo-tatoba-combo.hatenablog.jp

[了]