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千倍王鷹虎蝗合成獣

平成仮面ライダーの感想・考察サイト。衒学的で悪し様で居丈高な語り口のブログにようこそ。

『仮面ライダードライブ』序盤評(前編)

 『ドライブ』の年内(2014年分)放送が終わったので、序盤評をば。第01話「俺の時間はなぜ止まったのか」 から、第12話「白い仮面ライダーはどこから来たのか」 までの所感です。

■「敵の力を使って戦う」敵の力を使って戦う

 白倉伸一郎は『仮面ライダー』の三大構成要素を「(1)同族同士の争い」「(2)親殺し」「(3)自己否定」と定義した。曰く、初代仮面ライダーたる本郷猛は元はバッタの改造人間であり、「敵の力を使って戦う」というコンセプトが根底にあるというのだ。これに関しては以前も記事に書いたんだけど、当時は『ドライブ』が始まって間もない頃だったため、大森敬仁×三条陸がどのようにその要素を描いていくかが、自分の中での興味を抱いた点だった。

敵の力と変身ベルトと子供の欲望 - 千倍王鷹虎蝗合成獣

当初は「『フォーゼ』が一番近いかな」と思っていたんだけど、見てみると全然違った。ポイントは、「シフトカー」は元々「人間を奉仕するために作られた存在」ということだ。

 シフトカーは「働く車」がモチーフとなっている。スポーツカー、パトロールカー、モンスターマシン、ミキサー車、タクシー、リムジン、ダンプカー、救急車、消防車、ロードローラー、レッカー車、ソーラーカー、広告宣伝車……。これらはチビッ子でも知っている、まごうことなき「我々の生活を豊かにするために造られた存在」達だ。「働く車」の属性(タイプ)を付与されたシフトカーは、人間社会の役に立つべくクリム・スタインベルトによって発明されたのだろう。蛮野博士による増殖強化型アンドロイド、ロイミュードも同じ思想で開発されたはずだ。つまり、「平和目的で生み出されたものが闘争(悪)に利用されてしまった」というのが『ドライブ』の臍で、これが従来の作品とは趣を異にしているところだ。つまり『ドライブ』は「『敵の力を使って戦う』敵の力を使って戦う」という、なかなか凝った構造になっているのね。

■物事の善悪を分けるのは、人間

 第07・08話の簡易感想でも触れたけど(ごめんなさい、結局ちゃんとした版はついに出来なかったです…!)、『ドライブ』は「モノ・コトをどう行使するか?」というテーマがあると思うのよね。

『ドライブ』第07・08話の簡易感想 - 千倍王鷹虎蝗合成獣

 それが如実に表れてるのが第05話「鋼の強盗団はなにを狙うのか」と第06話「戦士はだれのために戦うのか」のエピソードで、あれは輸送車が襲撃されるという事件だったけど、「トラックで食料医薬品や荷物を運搬するのは善だけど、爆薬を密輸するのは悪だ」ということが描かれている(ダイナマイトとともに、「車」がその暗喩として使われているのがミソ。『ドライブ』なだけに。)前述したように、「働く車」は人間を幸福にするものだけど、誘拐や密輸などの犯罪に使われたり、居眠り・飲酒運転によって交通事故が引き起こされたりする、不幸を招く凶器でもあるのだ。握れば拳、開けば掌(たなごころ)というヤツですよ(by『ROOKIES』の川藤先生)

 「キミはこの力、どう使う?」というのは、『鎧武』だけでなく平成二期仮面ライダー全作品のテーマだけど、『W』は「地球の記憶」、『OOO』は「錬金術によるメダル」、『フォーゼ』は「コズミックエナジー」、『ウィザード』は「魔法」、『鎧武』は「ヘルヘイムの森の力」と、パワーソースが抽象的かつ強大で莫大で膨大(ブレンっぽく言ってみた)かつ架空の設定のため、「力の使い道」という話が観念的なものになりがちなんだけど、『ドライブ』では仮面ライダーも怪人もアイテムが「車」で統一されているので(ドライブならトライドロンとシフトカー、マッハならライドチェイサーとシグナルバイク、ロイミュードと魔進チェイサーならバイラルコア)、力の拠り所が現実世界のモノに具現化されたことにより、話も具体的になるのだ。怪人の属性(タイプ)が「職業」なのも、上記のメッセージ性の伝わり易さに拍車をかけているのね。

『ドライブ』感想:第10話「ベルトの過去になにがあったのか」 - 千倍王鷹虎蝗合成獣

■競争~速さとは強さ~

 自分は『ジョジョの奇妙な冒険』という漫画が好きで、『ジョジョ』は『スターウォーズ』のように章立てというか複数の「部」に分かれているんだけど、第7部『スティール・ボール・ラン』のラスボス、ファニー・ヴァレンタインという男が以下のような発言をしている。

 たとえ話で…………君はこのテーブルに座ったとき…ナプキンが目の前にあるが…君はどちら側のナプキンを手に取る?向かって「左」か?「右」か?左側のナプキンかね?それとも右側のナプキンかね?
(注:別のキャラクター、ルーシーが「普通は………『左』でしょうか」と答える。)
 フム………それも「正解」だ。だがこの「社会」においては違う。「宇宙」においてもと言い換えていいだろう。正解は『最初に取った者』に従う…だ。誰かが最初に右のナプキンを取ったら全員が「右」を取らざるを得ない。もし左なら全員が左側のナプキンだそうせざるを得ない。これが「社会」だ…………。土地の値段は一体誰が最初に決めている?お金の価値を最初に決めている者がいるはずだそれは誰だ?列車のレールのサイズや電気の規格は?そして法令や法律は?一体誰が最初に決めている?民主主義だからみんなで決めてるか?それとも自由競争か?違うッ!!ナプキンを取れる者が決めている!この世のルールとは「右か左か」?このテーブルのように均衡している状態で一度動いたら全員が従わざるを得ない!いつの時代だろうと………この世はこのナプキンのように動いているのだ。そして「ナプキンを取れる者」とは万人から「尊敬」されていなくてはならない。誰でも良いってわけではない…無礼者や暴君はハジかれる―――それは『敗者』だ。このテーブルの場合…「年長者」か…もしくは「パーティー主催者」に従ってナプキンを取る…………………「尊敬」する気持ちが全員にあるからだ………。仮にこのテーブルに「イエス様」がつかれているとしたらたとえどんな人間だろうと、ローマ法王でさえイエス様のあとにナプキンを取らざるを得ないだろう?
荒木飛呂彦スティール・ボール・ラン』第16話より)

 まぁこれヒロヒコオリジナルじゃないらしいんだけどね(物理学の世界だと、ナプキンの話はしばしば例えとして取り上げられるみたいだし)。重要なのは、「速さは強さ」ということであり、世の中は意外にも「早い者勝ち」ということだ。第12話「白い仮面ライダーはどこから来たのか」も、1号ライダー泊進ノ介/ドライブと、2号ライダー詩島剛による、「どちらが先に真実に辿り着けるか」という競争だったわけだし。そして、車も単車も「速いモノ」の象徴でもあるのだ。

 競争は「速さ」に限ったことではなく、例えばドライブとトライドロンが「様々なタイプ(スピード・ワイルド・テクニック)への変身/変形」、「様々なシフトカーのタイヤ交換/増加」「沢神りんな作のハンドル剣やドア銃の使用」が可能となれば、ロイミュード勢は魔進チェイサーが新たなバイラルコア(蜘蛛・蝙蝠・大蛇)の力を手に入れたり、新幹部メディックが加入したりと、武装武力人員の増加は敵味方問わず日々行われている。これは国家間・企業間闘争の暗喩であり、今後も「敵の力を使って戦う敵の力を使って戦う敵の力を使って戦う…」といった「いたちごっこ」が繰り返されることが予想される。「ドライブ自身も重加速を使える」という設定があるので、「徐々に怪人化~」みたいな感じになるのかしら。けどこれ散々やり尽くされてるネタだからな…!(『鎧武』でもやったばっかだし…。)違うアプローチを見せてくれると嬉しいのだけれど。

 長くなったので今回はここまで。前半は『ドライブ』の良い所を挙げていったけど、後半は悪い所にビシバシ言及していきます。正直、「これはアカンやろ…!」という所の方が多いんだよな~現時点では…!

[続]

※続きはこちらからどうぞ。

『仮面ライダードライブ』序盤評(中編) - 千倍王鷹虎蝗合成獣

『仮面ライダードライブ』序盤評(後編) - 千倍王鷹虎蝗合成獣

※追記(2014/12/31)
予想外に膨れ上がったので、後半は中編と後編に分けました。